「大人が好きな絵」
なんて
描きたくないし、
描かなくていいと思っている。
自分が発することば
自分が作る作品
自分が書く論文
全部自分の一部だ。
みんな
自分から生まれるものだ。
小学校1、2年生の時
紙版画のコンクールで
特選をとった。
好きなものを好きなように作って
とった賞だった。
あやとりをしている方は
手に本当の毛糸をかけてあげた。
鉄棒をしている方は
ひっくり返った私の髪の毛を
一本一本紙を切って張りつけた。
友達に「くらげみたいだね」って言われたけど
私は楽しくて仕方なかった。
誰に指導されるでもなく
好きなように
自由に。
賞のことを知っていた3年生の担任の先生は
「虫歯予防の絵」
を私に書かせた。
何も楽しくなかった。
「先生が書いてほしいものは何か」
そんなことばかり考えて描いた絵は
どこも魅力的なんかじゃなかった。
賞はとれなかったと思う。
何かの機会にお母さんが
先生に言ったことばを聞いた。
「この子は、
描きたいものや
作りたいものなら
魅力的に作れるかもしれませんが、
賞のために絵を描くなんてこと
向いていないんです。」
そのことばを聞いた時から
作品を作る上で
「大人の好きな絵」
なんて
描かなくていいんだと思った。
3年、4年では
はさみで紙を切っていた手に
彫刻刀を握って
木を彫った。
版画コンクールで
私は準特選をとった。
「好きなものを
すきなように」
それで良いのだと
賞のランクが落ちても
「いいね、これ、
作ってるときあなたが
楽しそうだったからね、
お母さん嬉しい!!」
そう言って喜ぶ母の姿を見て
確信した。
論文を書いているとき
先生に全然怒られない友達が言った。
「先生は、
“こうゆうの好きそうだな”って路線で書いてるから」
あたしは、
「すごいな」と思ったけどそんな真似できなかった。
虫歯の絵の
二の舞になってしまうからだ。
あたしは、先生に怒られまくったし
罵倒されたし
どこかで
「先生はこっち路線に持っていってほしいんだな」
そう思った瞬間があったけど、変えなかった。
納得できないからだ。
自分の卒論なのに
先生のために書くわけにはいかなかった。
評価のためではなく
自分のために書いているんだから。
だから自分の論で
先生を論破できるものを作った。
結果
「トップ」
と言われた。
自分の過去と
あの時の母に感謝した。
「好きなものを
好きなように」
そこに
「自分が
納得するかたちで」
という一言が
加えられた気がする。
わめいたり
睡眠不足を続けた私に
振り回された母は
卒業論文執筆中
「手を抜けば」
そう一言いった。
それができないと
知っていたんだろう。
今日
卒論の成績について
「トップって言われた!」
と伝えたら
大喜びしていた母が
そこにいた。
私はあの頃のままで
きっと母もあの頃のままなのだろう。
私たちはこれからも
自分の納得できる方法で
一歩ずつ進んでいく。
きっと
それしかできないから。
三つ子の魂 百までも。
ララィ。
なんて
描きたくないし、
描かなくていいと思っている。
自分が発することば
自分が作る作品
自分が書く論文
全部自分の一部だ。
みんな
自分から生まれるものだ。
小学校1、2年生の時
紙版画のコンクールで
特選をとった。
好きなものを好きなように作って
とった賞だった。
あやとりをしている方は
手に本当の毛糸をかけてあげた。
鉄棒をしている方は
ひっくり返った私の髪の毛を
一本一本紙を切って張りつけた。
友達に「くらげみたいだね」って言われたけど
私は楽しくて仕方なかった。
誰に指導されるでもなく
好きなように
自由に。
賞のことを知っていた3年生の担任の先生は
「虫歯予防の絵」
を私に書かせた。
何も楽しくなかった。
「先生が書いてほしいものは何か」
そんなことばかり考えて描いた絵は
どこも魅力的なんかじゃなかった。
賞はとれなかったと思う。
何かの機会にお母さんが
先生に言ったことばを聞いた。
「この子は、
描きたいものや
作りたいものなら
魅力的に作れるかもしれませんが、
賞のために絵を描くなんてこと
向いていないんです。」
そのことばを聞いた時から
作品を作る上で
「大人の好きな絵」
なんて
描かなくていいんだと思った。
3年、4年では
はさみで紙を切っていた手に
彫刻刀を握って
木を彫った。
版画コンクールで
私は準特選をとった。
「好きなものを
すきなように」
それで良いのだと
賞のランクが落ちても
「いいね、これ、
作ってるときあなたが
楽しそうだったからね、
お母さん嬉しい!!」
そう言って喜ぶ母の姿を見て
確信した。
論文を書いているとき
先生に全然怒られない友達が言った。
「先生は、
“こうゆうの好きそうだな”って路線で書いてるから」
あたしは、
「すごいな」と思ったけどそんな真似できなかった。
虫歯の絵の
二の舞になってしまうからだ。
あたしは、先生に怒られまくったし
罵倒されたし
どこかで
「先生はこっち路線に持っていってほしいんだな」
そう思った瞬間があったけど、変えなかった。
納得できないからだ。
自分の卒論なのに
先生のために書くわけにはいかなかった。
評価のためではなく
自分のために書いているんだから。
だから自分の論で
先生を論破できるものを作った。
結果
「トップ」
と言われた。
自分の過去と
あの時の母に感謝した。
「好きなものを
好きなように」
そこに
「自分が
納得するかたちで」
という一言が
加えられた気がする。
わめいたり
睡眠不足を続けた私に
振り回された母は
卒業論文執筆中
「手を抜けば」
そう一言いった。
それができないと
知っていたんだろう。
今日
卒論の成績について
「トップって言われた!」
と伝えたら
大喜びしていた母が
そこにいた。
私はあの頃のままで
きっと母もあの頃のままなのだろう。
私たちはこれからも
自分の納得できる方法で
一歩ずつ進んでいく。
きっと
それしかできないから。
三つ子の魂 百までも。
ララィ。