女の唇 <Second story ⑭> | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



「俺は決して呼べません」
「シン、お願い」

ユ将軍は両手を擦り合わせてシンと言う名の男に頼むのだ
男は腕を組みそっぽを向いたままだ
折れてやったらいいだろう

「じゃ何ならいいのよ」
「俺は、その名を呼べないならイムジャと・・・いいたいです」
「やだ、絶対いや・・・父様が母様に言っているみたいだもの」
「ならユで、ユで」
「それもなんだか・・・いや」

ドンソクは俺の袖を指先で引っ張った

「まだ終わらないですか」
「終わらねえな」
「酒盛りがいつまでも始まりやしない」
「放っておくか、待っちゃいられない」

あれが痴話喧嘩と言わずになんと言うのだ
埃まみれの男に抱きしめられ顔を埋める女には見えなかった
鼻の頭を黒くし潤んだ瞳で見上げるユ将軍の顔を見て俺は思った
健気な女だ

「あの将軍曰く付きだな、ドンソク」
「ですね、都で曰く付きの女と言えば」
「心当たりがあるのか?」
「無いこともないです。ですが」
「誰だ」
注がれた酒を俺は一口で呑み干した
「チェ将軍の娘です」
「お前が陶酔している将軍だったな」
ドンソクは急に顔をあげ周りを確認しだした
「ジュノはどこへ」
「今日は川の番に行っている。そろそろ交代だ、帰ってくるだろう」
「そうですか、実は・・・」

貴族の娘は滅多に外にはでません
勿論チェ将軍の娘も編笠をかぶされ王様の前でさえも取らないと言われています

「それがあのユ将軍だと言うのか?ドンソク」

いえ、そのチェ将軍の娘はまだ十かそこらの少女のはず
よくいって・・・十二、三かもしれません

俺は大男と痴話喧嘩をするユ将軍を振り返って見た
首を振ったさ・・・どう見ても二十歳はいっている
将軍ともなれば、若そうに見えてもそれなりの歳だ

「その女子じゃないな、どうしてジュノを探した」
「多分ですよ、あの男、俺は見た事があります」
「何処でだ」
「チェ将軍とご一緒した戦でです、もっと線の細い男でしたが」
「人違いじゃないのか?」
「ジュノの父親の兄の息子です、直系のイ家の三男イ・シン」

見た目と違いドンソクは、目と勘の鋭い男だ
その繊細な洞察力で何度も危ない橋をくぐり抜けてきた

「呼び捨ては気が引けますが、ヨンァにいたします」
「シン」

やっと何かの折り合いがついたようだな
貴女の秘密を暴きたいわけじゃない
だが、何もしらねぇんじゃ守れないって言うことさ

「一杯どうですか、シン殿」
「すみませぬ」

イ・シンの顔色が変わる前にユ将軍の顔色が変わった
やはりジュノが帰ってきたら絞めあげるしかない
「では」
軽く会釈をしたあとイ・シンは堂々と俺の前で盃を呑み干した
俺の方が下と言うことか
「ユ将軍もどうですか?」
俺が新しい盃を手にしてユ将軍の前に置いた
兵営の食堂にいた全員が「いっぱい!いっぱい!」と叫び出す
女であっても酒席は将軍なら避けられない場だ

「なりません、貴女は」
「隊長悪いわ、私のナムジャがダメって言うから」

こちらも堂々と酒を断る、ひと舐めもしない
確かに頬が幼かったのは事実だ

「酔うと面倒なことがおきます、その分俺が」
「どうぞ、近衛隊長殿」

やっとイ・シンがぎょっとした顔をした
明るく鈍い男と言うことか、貴女の男は
酒席は夜中まで続きユ将軍の言うとおり
酔い潰れそのまま伏して寝てしまう奴
廊下をふらふらと歩きやっとの事で自室の扉の前で倒れこむ奴
風に当たりに出てそのまま入口で寝込む奴
随分と皆楽しんだようだった




「遅くなりました。あれ、何事があったのですか」
「遅かったなジュノ」
「途中暗くて道に迷って」
「この一本道でどうやって迷うんだ」

一発頭を小突いてやろうと思ったが手元が狂う
俺も飲みすぎたみたいだ

「酒席があった」
「えー私は?」
「お前は呑める歳じゃないだろう、小僧」

今度はしっかりジュノの頭を小突けた
そうだあの事を聞かねば

「おまえーイ・シンを知っていると言ったな」
「はい、兄さんがどうしたのです」
「着ているぞ。奥に」
「本当ですか。そんなことがあるのでしょうか」
「なぜ此処にイ・シンがいちゃいけないんだ」
「兄さんは絶対ルビの傍を離れないですよ、戦でもない限り」

将軍の娘に用心棒の如く纏わりつく男
だが、将軍の男だと言い切る
一体どうなっている

「兄さんを離さないのはあの小娘です」

ジュノが舌打ちをした
しかし、ジュノはユ将軍を気に入っている
酒のせいか俺の思考は絡まったままだった