今回は以前勤めていた教員時代の一日を紹介したいと思います。
お断りとして、私は4校勤務経験があり、はっきり言って学校によってバラバラです。
地域や規模、その学校の校風などバラバラだと思うのであくまで参考程度でお願いします。
今回は支援学校編です。
だいたい7時過ぎくらいに起床。
学校の目の前に住んでたので、ギリギリまで寝てました。
適当に身支度を済ませ、食欲があれば菓子パンかじって、スクーターで出勤。
8時前くらいに出勤。
荷物を置いたら、まず校庭や通路の掃除。
枯葉を掃いたり、山の中の学校だったのでウサギの糞を清掃したりします。
8時40分から職員朝会。
でかい学校で、職員数だけで200人近くいたので、職朝から息苦しいです。
人数も人数なので、司会が回ってきた時は地味に緊張します。
マイク使わないと全然声が届きません。
スムーズに終わればいいのですが、日によっては朝から連絡事項が多すぎて、9時の児童の迎えに間に合わない時があり、もっと朝会の時間早めてくれればいいのにと、いつも思ってました。
9時に児童がスクールバスで登校してきます。
支援学校なので大多数の児童は見守りが必要です。
事前にどの教員が誰を迎えに行くか決めていますが、バスが数十台も一気に来るので、子どもを見失うことも多々あります。
登校後は朝の支度や着替え、トイレなど。
身辺自立の難しい児童も多いので、朝からバタバタです。
合間を見て、連絡帳は必ず目を通します。(保護者からの連絡事項を見てませんでした・・・では、後から大事になることもあります。)
9時半くらいから朝の会をして、10時から午前の授業が始まります。
授業はだいたい午前中に1時間、午後に30分~40分です。
小学校のように細かい時間割でなく、1週間のうちに国語算数の授業が2コマ、音楽・体育・図工の授業が1コマくらいです。
11時半くらいから給食の準備をはじめて、12時くらいから給食です。
給食で食事の指導をしながら連絡帳も書いていたので、結構大変でした。
私はこの給食の時間が一番嫌いでした(笑)
教員をやめて一番うれしかったことが、昼ごはんをゆっくり食べられることです。
昼休みも見守りが必要なので教員は休めません。
1時半から午後の授業。
午後の授業が終わったら帰り支度と掃除、帰りの会をして、15時すぎに下校します。
下校後、教室の掃除を教員がして、一応16時まで教員の休憩時間なんですが、休憩したことはほとんどありません。
すぐに会議が入ったり、急な保護者対応が入ったりです。
17時に退勤時間ですが、会議自体が17時まではだいたいやってるし、遅い時は18時半くらいまでやってました。
会議が終わったらようやく自分の仕事ができます。主に明日の授業の準備と、校務分掌と、会議資料作りと、学級通信作りと言ったところでしょうか。
校務分掌というのは学級運営以外の学校全体の仕事を分担したものです。
私は生徒指導部とか体育部とかが多かったです。
どうしても早く帰りたい時は会議と明日の準備さえ終われば帰れますが、その分、翌日以降の仕事が大変になります。
平均としては20時くらいには帰宅してたでしょうか。
そんなに遅くまで仕事している訳ではなかったですが、息つく暇がない感じでバタバタはしていました。
だいたいこんな感じで毎日が過ぎていきますが、行事の担当を任せられたり、年度末の評価の時期になったりすると、急に忙しくなります。
自宅に仕事持ち帰って、寝る時間を削って仕事することもたまにはあります。
私の教員の生活は以上のような感じでしたが・・・
どうなんですかね?忙しいですかね?楽なんですかね?
待遇はまちがえなく公務員ですからよかったとは思います。高収入ではないですが、平均以上に暮らしはできると思います。
仕事も忙しいとはいえ、平均して20時くらいには帰ってますからね。
休日もカレンダー通りだし。
楽ではないけど、決してブラックというほどは感じませんでした。
あくまでこれは支援学校の話です。たぶん中学校の先生は部活指導で年中無休で働いているんじゃないですかね?
私の場合、教員生活で一番つらかったのは人間関係だったと思います。
いろいろの職場を経験して、私自身が人間関係へたくそ人間というのはわかったんですが、私以外にも職場の人間関係に苦しんで休職、退職のオンパレードだったので、特に支援学校は相当精神的に図太くないとやっていけないと思います。
これは看護師や福祉など、女性中心の社会ではよくある話かもしれませんね。
うまくやっていければよかったんですが、私にはそこまでのスルー力もなく、3年であっさりと病んでしまいます。
特に支援学校は複数担任なので、より人間関係が重要になってくるのかもしれませんね。
支援学校で勤めたいと思っている方は何よりもスルースキルを身につけることをおススメしますね。