台風接近により各交通網が乱れているようです。
交通網が発達している都心では逆にこういう状況になると手の施しようがないという感じでどうしようもありません。
幸いに昨日日曜までは何とか大雨にならずに済んだので運動会のイベントなどこなせたところも多かったようです。
ともあれ御嶽山はじめ被害の大きかった所ではこれ以上被害の出ないことを祈るばかりです。

台風接近により各交通網が乱れているようです。
交通網が発達している都心では逆にこういう状況になると手の施しようがないという感じでどうしようもありません。
幸いに昨日日曜までは何とか大雨にならずに済んだので運動会のイベントなどこなせたところも多かったようです。
ともあれ御嶽山はじめ被害の大きかった所ではこれ以上被害の出ないことを祈るばかりです。

北海道で女子高生が母親と祖母を殺害するという痛ましい事件がありました。
日頃からかなり厳しい躾というか人によっては虐待みたいなことが行われていたそうです。
各家庭により教育方法はいろいろあるのでどれが良くてどれが悪いということはありませんが、父親はどういう関わり方をしていたのか気になりました。
そもそも父親がいるのかさえわかりませんが、母親と祖母が厳しい躾をしていたとしたら、父親の役割は重要だと思います。
青少年の教育はバランスが大切で、勉強だけすればよいとか運動だけすればよいとか、あるいは厳しく躾さえすればよいとか偏った教育は良くありませんし長続きしません。
通常父親が厳しくしつければ母親がなだめるというかフォローすることでバランスが保たれますが、模試両親とも厳しくしつけるとなると「窮鼠猫をかむ」といわれる通り子供は逃げ場がなく突拍子もない行動に出かねません。
今回の事件を通して改めて父親の役割を考えさせられました。

パソコンではワープロ機能を中心に使っており特に不自由を感じたことがなかったのですが、表計算はじめ諸々の機能を使う機会が多くなり四苦八苦しています。
これまで独学で試行錯誤して切り抜けてきましたが、もっと効率よくできるのではないかという思いはずっとありました。
そこで意を決して先生の下に習いに行くことにしました。
きちんとした時間はなかなかとれないので空いた時間集中的に教わるようにしました。
ただいくらまとめて教わっても次回には忘れていることも多く、少しずつでもゆっくり教わるほうが良いのではという気持ちと葛藤しつつ何とか基本だけでも押さえていければと思います。

アナログ人間といわれる人は機械関係は苦手な人が多いようです。
パソコンに関してこれまで苦手意識はなかったのですが、いざ習いだすと知らないことだらけで、逆に苦手意識が出てきた感じです。
苦手なままで終わらないよう頑張りたいと思います。

消費税増税は税収が増加するように思われがちですが、実際は売上も減少することが多く結果的に収は減少することが多いです。
特に今の時期景気が良くなっているとはいえない状況ですから、さらに10%に上げるのは好ましくないでしょう。
最終的には政治的な判断になりますが、今後の行方が注目されます。

甘利経済財政担当相が台風の影響で消費は減少したので悲観的になる必要はないという発表をしましたが、現実はもっと深刻なようです。
公共事業を増やし景気を底上げしようとしていますが、潤うのは一部で末端の地方経済は落ち込みがもっと大きいと思います。
まわりをみても景気の良い話はあまり聞かず、原因を台風のせいにしたままで消費税を10%にあげるともっと景気は落ち込む恐れがあります。

テレビでは何度か見たことがありますが、お百度参りをしている姿を初めて見ました。
どういうことを願ってされているかはわかりませんが、この高度な文明が発達した現代において最後に頼るのは目に見えない世界かも知れません。
一途に思って努力すれば結果は自ずとついてくるのではと思います。

痴呆が進行すると個人ではみることが難しくなり、施設のお世話にならないといけない場合が多いようです。
実際にあった話では、マンションに同居してた母親が痴呆になり徘徊するので、ご家族の方は周りの住民に徘徊したら連絡をほしいとご近所をまわったそうです。
徘徊するようになればもはや家族での解決は不可能なので強制的に施設に収容させることになるでしょうが、最近はその施設も満員だったり金銭的に難しかったりという話を聞きます。
誰にでも起こり得ることなのでバックアップ体制の充実が望まれます。

賃貸型老人ホームに引越された方の部屋にご近所で余っている冷蔵庫をお届けました。
非常に喜んでくれてよかったです。
最近できたようで新しく月々の費用も10万円は超しますが、一般的な老人ホームに比べると安いのではないでしょうか。
ホーム内でいろんな習いごとが催されておりしたい人は参加されているようです。
お子さんが3人おられるそうですが、結局子供たちの世話になりませんでした。
いずれ誰にも訪れる老後について自分ならどう過ごしたらよいか垣間見たような気がします。
