『機動警察パトレイバー the Movie 2』
監督
押井守
出演者
古川登志夫
冨永みーな
大林隆介
榊原良子
音楽
川井憲次
あらすじ
1999年、東南アジア某国にPKO部隊として派遣された陸自レイバー小隊が、戦闘車輌を持つゲリラ部隊と接触、本部からの発砲許可を得られないまま一方的に攻撃を受けて壊滅する。しかし一人の生存者がいた。彼の名は柘植行人。のちに日本国内でクーデターを起こすテロリストである。
感想
壊滅する小隊。レイバーから脱出する柘植。古代遺跡。
時は流れ、2002年。第2小隊の隊員たちは別の部署に異動していた。ある日、横浜ベイブリッジが爆破される。爆発原因は自衛隊の戦闘機ではないかとのテレビ報道が成される。疑惑。その疑惑はいずれ波紋のように広がっていく。
三沢の航空自衛隊がハッキングされる。そして、自衛隊機による東京爆撃未遂が演出される。国内の治安を守る警察との緊張関係。 そして、ついに自衛隊が東京を占拠する。雪。走る戦車を眺める市民。現実感は皆無。まさしく演出。ビルに移る戦車。まるでテレビ画面。警察と自衛隊。内戦の機運が高まる。
日本。平和ボケ。柘植は内戦を起こし、日本を変えようとした。しかし、特車二課第二小隊の活躍で柘植は捕縛される。
なぜ、自決しなかったのか。後藤隊長のセリフ。もう少しこの街の未来を見ていたかったのかもしれない。柘植のセリフ。ラスト。
押井守は未来を描く。日本人の平和ボケ。他国の戦争を対岸の火事としてみる風潮。マンネリ化する政治。アメリカの傀儡。今までのパトレイバーシリーズの雰囲気とは一線を画し、シリアルな展開で進む。
村上龍が自身2作目の著書『海の向こうで戦争が始まる』の後書きで、知人から「大事なのは三作目だ。処女作なんて体験で書けるだろ? 二作目は、一作目で習得した技術と想像力で書ける。体験と想像力を使い果たしたところから作家の戦いは始まるのだから」と言われた、と書いていた。
これを読んだ当時の僕は、確かに純文学作家は自身の体験と思想と想像力をつぎ込んだ処女作は素晴らしいが、それが枯渇した後は惰性で書いている作家が多い、と思った。
押井守から純文学の臭いがする。『うる星やつら』から『パトレイバー the Movie1 』まではエンターテイメント性が強いが、『パトレイバー the Movie2 』からは純文学性が強い。
特に『パトレイバー the Movie2 』は押井守の思想と想像力がふんだんに盛り込まれている。純文学の処女作だ。
『攻殻機動隊』が2作目、『イノセンス』が3作目である。
『イノセンス』から枯渇が始まり、純文学性は下降線をたどっている。感性は劣化するのか、それとも時代の経過で失われてしまうのか、僕は天才でないのでわからない。




