『沈黙』
著者
遠藤周作
感想
キリスト教徒である遠藤周作が日本人とキリスト教の関係を描いた傑作。
島原の乱が収束して間もない日本。日本に赴いたイエスズ会の司祭が過酷な弾圧に屈し、棄教したとの知らせがローマにもたらされる。その弟子の二人はその知らせを信じることができない。二人は師のいる日本に向け旅を始めるのだった。
本作は日本でキリスト教が普及しなかった理由を描いている。日本人は神道、八百万の神、仏教を信仰する雑多な多神教である。現在でもケルト神話が起源のハロウィンで仮装するし、クリスマスではケーキを食べる。いい意味でも悪い意味でも柔軟に思想を受け入れる国民性である。そのため、キリスト教という一神教の他宗教の神を信仰するものを断罪するような教えは受け入れられなかったのではないか、と本作を読んで僕は思った。
それを象徴するのがキチジローだ。キリストの踏み絵を踏み、一度、棄教しながらも、キリスト教を秘かに信仰している。そのキリスト教との微妙な接し方が、日本人の多様な精神性を描いている。キチジローを通して日本人のアイデンティティーがわかる。日本人は絶対的な神を信じなくても生きていけるのである。
しかし、終盤、キチジローが敬虔なクリスチャンとして、その後の生活をしていたことが描かれている。キチジローは本当に改心したのだろうか。僕はわからない。
