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桜のブログ

思い出アルバム

とある昼間、仕事で国立駅前の銀行へ。

チラホラ桜が咲き始めていました。

 

駅前のウィンドウには 手作りのトトロが居ました大トトロ7

このトトロを見て思い出し、さくと一緒に狭山丘陵散歩へ出かけて来ましたゴールデンレトリバー足跡

 

狭山丘陵は東京(東大和市・東村山市・武蔵村山市・西多摩郡瑞穂町)と

埼玉(所沢・入間)にまたがり多くの動植物が息づく自然豊かな丘陵です。

 

所沢は、宮崎監督が長年住んでいる町であり、また映画『となりのトトロ』に

縁ある地としても知られています。(現在もまだ住んでいらっしゃるのかな?)

 

宮崎監督が住みたくなる場所の条件のひとつには、散歩したくなる田んぼや

雑木林があることのようで、そういった場所が残る所沢から『となりのトトロ』も

生まれ、周辺をモチーフにした景色や地名などが作品のあちこちに見られます。

 

「アニメーション会社が集中していた西武線沿線」
宮崎監督の話によると、若き頃の宮崎監督が入社した東映動画や手塚治虫の

虫プロダクションなど、アニメーション業界は西武線に集中していたのだそうです。


その沿線で、当時の宮崎監督が経済的に住める場所となると、東京を超えてしまい、

埼玉県の所沢にたどり着いたのだとか。


その後、宮崎監督は勤め先を移し通勤に不便を感じることもあったそうですが、

所沢を離れてぜひ住みたいと思えるほどの場所は他になかったとのこと。


宮崎監督が住みたくなる場所の条件のひとつには、散歩したくなる田んぼや雑木林が

あるのだとか。


そういった場所が残る所沢から『となりのトトロ』も生まれ、周辺をモチーフにした

景色や地名などが作品のあちこちに見られます。

 

 

「クロスケの家」からスタートですバフッ!

 

以前も訪れたが、たしか開いていない日に行ったような・・・

外からだけ外観見て帰ったような・・・・

 

こちらは「トトロのふるさと基金」の事務局になっているようです。

 

 

以前は見られなかった「トトロ」がお出迎えですきらきら

 
 
電気の傘の位置を見れば どれだけ大きいかわかりますねww
 
 
 
 
 
 
 
蔵にはまっくろくろすけが アチコチに居ますkuroまっくろくろすけまっくろくろすけまっくろくろすけまっくろくろすけ

 

 
 
丘陵散歩ちうペタペタペタ
 

 

「三ヶ島八幡神社
狭山丘陵の西北に八幡社あり、応神天皇(誉田別尊)を祀る。地は三ヶ島に属す。
往古元和癸亥九年、(一六二三)四月十日、代々ここに住める郷民、鶴岡八幡宮より

分祀勧請して一社となし、子孫の守護繁栄を祈願せり。
郷民の崇敬、年を経て重畳、遂に宝暦辛巳十一年(一七六一)十一月大破、

三ヶ島村を知行する旗本武蔵孫之丞、郷民とともに修覆普請、建立をなす。
匠の大工は武州比企郡吉見村長兵衛なり。


社殿の御神体は文化庚午七年(一八一〇)八月十五日銘文の御神像を祀り、

また御神鏡も安置せり。

 

神社鳥居前からの眺め

 
移動途中の景色
原付だと好きな所で停まれるから好き〜音符

 

さくを抱っこして登る登る><

 

「堀口天満天神社」

東京都の上水道用貯水池として昭和九年に完成した狭山湖とその周辺は、

県立狭山自然公園にも指定され、県民の憩の場になっている。
当地は、以前、堀口村と呼ばれており、狭山湖完成により、その西半分が湖底に沈み、

残った土地に人家や社寺などが移転した。


当社はそれまで字天神山に鎮座していたが、狭山湖の造成に伴い、

現在の字長久保に遷座した。

旧鎮座地は、村のほぼ中央に当たる所で、二ツ池をふもとに配し、

村を見渡す小山の上にあった。

旧地にあった社殿は現在社務所として利用され、現在の社殿は移転に際し

新築されたものである。


創建については『明細帳』に「天正ノ末年徳川家ノ臣旧地頭久松氏崇敬シテ

耕地ヲ寄附シ旧堀口村ノ鎮守トス、其後慶安二年十月十七日旧幕徳川氏ヨリ

朱印高五石ヲ賜り、真言宗清照寺別当タリシカ、維新ニ至り同寺ノ別当ヲ解キ

神官奉仕ス」とある。なお久松家は維新まで毎年二月二五日に幣物を寄せていた。


祭神は菅原道真朝臣・天穂日命・花園姫である。境内には、

天明年中清照寺境内へ勧請され、明治元年合祀された八坂神社と稲荷社がある。

(「埼玉の神社」より)

 

石鳥居越しに見える茶畑

 

つづく・・・・

 

「乾門桝形虎口」からの眺め

 

上の場所を航空写真で見ると・・・・スグ下は崖になっている。コレ

城の北西隅につくられている乾門は、西側が七里岩の崖、

比高差90メートル程の七里岩の断崖となっており、

東側が水堀でこの間を土橋でわたる構造。

 

「西堀」

 

「乾門桝形虎口」

城の北西隅につくられたこの虎口は、西側の七里岩の崖と東側に広がる水掘の間を

土橋によって渡る構造で入り口側が低く、奥側が高い土塁に囲まれた不整方形をした桝形虎口となっている。

     コレ

 

     コレ(虎口を通過して振り返る)                       ※さくを探せw

 

土の坂を上ると・・・キラキラ光る霜柱が雪の結晶雪の結晶

あまりに綺麗だから踏まないように通過🐾

 

「木橋の強台」                     

木橋がかかっていたであろう場所になります。

出っ張っている部分が橋台となります。

危険が迫った時には橋を外せば城内に侵入できないようにしたものと考えられます。

                                                                                   

                                                                             さくが動くから ピントがさくにwコレ

      コレ

空堀に向かい突出する部分があり、木橋をかけるための施設と考えられる。

突出部は版築(土を突き固めること)で強固な構成がされていることが発掘調査で確認されている。

 
「井戸跡」
乾門桝形虎口から二ノ丸に向かう途中に、土塁で一部を囲んだ直径25m前後の井戸がある。
山の斜面から湧き出る水や雨水を溜める井戸だったと考えられる。

                                                          コレ すり鉢状の窪地になっている。

 

「二の丸」

本丸の次に高い位置にあります。東西55m、南北75mの長方形の曲輪で、2段に造成されている。

曲輪の周りは土塁がめぐり、三か所に虎口がある。

建物の痕跡が今のところ確認されていないが、釘、かわらけ(素焼きの小皿)や陶磁器が

発掘調査によって発見されている。

 

本丸の敷地へ入りました!

 

「神楽殿」

 

 

新府城跡本丸にある藤武神社へと直登する階段。

ご覧の通りかなり急ですが、真田丸第1回「船出」のロケ地です。
武田勝頼・真田昌幸・穴山梅雪の三人が石段を上って仏堂へ参拝するシーンなので、

見返してみてください。

 

ちなみに現在新府城本丸跡にある藤武神社は、新府城が落城した後にできたもの。

武田勝頼公の住まいとは直接関係のないものだそうです。

この階段も撮影では使われましたが、勝頼公がいらした時にはなかったものなのだとか。

 

さくちゃん お疲れさま〜^^

 

 

※韮崎市観光協会HPよりお借りしました。コレ

      コレ

 

本丸跡の北側からの八ヶ岳の眺めです。
こちらは真田丸第一回「船出」で、真田源三郎・源次郎・矢沢三十郎が岩殿城へ向かう武田勝頼一行を見送り、二度と見ることはないだろうと目に焼き付けた城下町の風景です。

コレコレコレコレコレコレコレコレコレコレコレコレコレコレ
この眺望ポイントのすぐ脇に武田勝頼の霊を慰める石祠「武田勝頼公霊社」がありますが、

撮影の際には勝頼公役の平岳大さんもこちらにお参りされていたとか。

 

真田丸第一話動画コレ

http://www.dailymotion.com/video/x5lxfjy

①(石段のシーン=23:03あたり)

 真田源三郎・源次郎・矢沢頼幸が歩いている道はあとで出てきますが、

 「帯曲輪」といって、新府城跡中腹にある帯状の平らな曲輪です。

 この曲輪は藤武稲荷神社へ向かう石段を横切ります。

 

②源三郎ら三人が二度と見ることはないだろうと目に焼き付けた城下町の風景。

  (シーン=21:51あたり)

  ※下の写真:雪残る山の手前に二つの小さな山がドラマで映っています

 

「石祠 武田勝頼公霊社」

 

藤武稲荷神社の石段を下りて「本馬出」へ向かいます。

石段の石が時代を物語っている。

(さくは桜に抱っこされて石段降ります足跡

 

★「帯曲輪」

参道である石段を途中まで下りて行き、帯曲輪を右手に向かう。

 

前日とはうって変わって ポカポカで暖かかったぁ~コスモス

 

大手丸馬出へ向かうため、右へ行きます。

 

さて新府城には後年大阪冬の陣で真田信繁(幸村)が築いた真田丸の発想の元になったのでは…と言われる武田流築城術のひとつ丸馬出(まるうまだし)があります。
下の写真はその丸馬出とお城をつなぐ
枡形虎口(ますがたこぐち)の間の土塁です。

こちらが大手門につながる城の出入り口だったとか。現在の新府城見学コースだと、

城内からここを通って丸馬出に出ることになります。

                                       (北杜市観光協会HP参照)

                          コレ

                           コレ

 

「丸馬出」

 

写真だとわかりずらい><

少し高い処に登って「丸馬出」を撮ってみた!

 

新府城南側に作られた丸馬出からは、晴れていれば富士山がよく見えます。
ここから下をのぞくと三日月の形をした土塁(三日月堀)も確認できるが、

近年、武田信玄の住んでいた甲府の躑躅ヶ崎館(武田氏館跡)でも三日月堀が発掘調査で

確認されていて、丸馬出と三日月堀が武田流築城術の大きな特徴だったことがうかがえます

                                                (北杜市観光協会HP参照)

 

「東三の丸」と「西三の丸」は草ボウボウで入れなかった><

 

 

藤武稲荷へ向かう参道(石段)は、国道17号線で途中途切れているが、

道路の向こうにまだ少し石段が残っている。

その石段の右手が「東側桝形」として残されている。

(ここも写真じゃわかりずらいな・・・)

 

今回の一番の目的地は ココ「新府城跡」でしたイェイ!

「城」も好きだけど、山城跡の方が好きだなぁ~音符

 

天気も良く、最高の史跡巡りでしたあしあと 

 

※北杜市観光協会HP・韮崎市観光協会HPを参照させていただきました。

  山梨県がとても好きですが、中でも北杜市と韮崎市は私の中でダントツです(・・*)+

 

元気があれば、この後もつづく・・・・・

翌日早朝、朝もやの中目の前の富士山を拝む。

気持ちいい朝を大好きなさくと一緒に迎えました顔

 
目の前を流れる川沿いに さくと朝の散歩ゴールデンレトリバーペタ
360度山に囲まれてる幸せハート
 
朝食を済ませ、少しだけ車を走らせ目的地に到着。
青空に映える満開の梅の向こうに まだ雪の残る山々up
 
さてここは、山梨県韮崎市の「新府城跡」。
駐車場に車を停めて、さくとのんび~り 山城を散策。
 

「新府城跡」

新府城は、天正9年(1581)に武田勝頼によって築城されました。城は未完成でしたが、

同年の9月頃には友好諸国に築城が報じられ、12月24日に躑躅ケ崎館(武田氏館跡 山梨県甲府市)からの

移転が行われました。

 

しかし、天正10年3月3日、勝頼は織田軍侵攻を目前にして自ら城に火を放ち退去し、

3月11日に田野(山梨県甲州市大和町)において、夫人と息子信勝ともに自害し、

武田氏は滅亡してしまいます。

 

その後、同年に徳川氏と北条氏による甲斐国争奪をめぐる天正壬午の戦いがおこり、

徳川家康は新府城を本陣として再利用しました。

新府城が立地する七里岩は、八ヶ岳の山体崩壊にともなう岩屑流が、西と東側を流れる釜無川と塩川の侵食によって形成された台地で、西側の断崖絶壁は韮崎から長野県の蔦木(諏訪郡富士見町)まで約30メートル

続き、奇観を呈しています。

 

台地上には、100を超す「流れ山」と呼ばれる小高い丘・小山があり、新府城は七里岩台地南端の

標高約524メートルの「西ノ森」と呼ばれた小山に築かれ、西側は釜無川をのぞむ急崖となっています。

 

城は土の切り盛りによって造成が行われ、山頂の本丸を中心に、西に二の丸、南に西三の丸・東三の丸の

大きな郭が配され、北から東にかけての山裾には堀と土塁で防御された帯郭がめぐり、

南端には大手桝形・丸馬出・三日月堀、北西端には搦手があり、全山にわたって諸施設が配置されています。

 

搦手の郭は東西100メートル、南北25メートルの東西方向に細長い長方形をしており、北側には水堀と土塁、

東から南側にかけては空堀、西側は比高差90メートル程の七里岩の断崖となっています。

 

城の北西隅につくられている乾門は、西側が七里岩の崖、東側が水堀でこの間を土橋でわたる構造で、

大手と同様に内側が大きく、外側が小さい土塁によって囲まれたやや変則的な形の桝形虎口で、

桝形内部空間は東西約13メートル、南北約12メートルの広さがあり、外側門(一の門)は北西角、

内側門(二の門)は南東隅寄りに設けられています。

 

 

※スタートはOCEAN DRIVE feat.Kで囲った駐車場から矢印にそって歩き、「乾門桝形虎口」から城へ潜入します砂のお城

 

「東出構」(ひがしでがまえ)

東出構と西出構の2つがある。堀に突き出た形が特徴。

北からの侵入者を迎え撃つ施設という説や堀の水の高さを調節する施設説があるが

その機能はいまだ定まっていない。

 
 
 
 
 
西出構脇の堀(湿地)
 
 
 
 
 
 
 
 

 

あ~!

ヒョク様のドラマ見ないとハートww

 

つづく・・・・

そういえば、行きたい所があった!と思い出し、「身曾岐神社((みそぎじんじゃ)」へリムジン後ろ

 

 

古神道本宮「身曾岐神社」・・・山梨県北北杜市小淵沢町

天照大神 天徳地徳身曾岐自在神

 

南に甲斐駒ケ岳、東に霊峰富士というまたとない絶景に包まれ、南北に連なる日本列島の中央に

屹立する八ヶ岳。

山脈の南麓、約十二万平方米におよぶ自然豊かな清緑の地を、万象調和のまほろば「高天原」と

定め、古神道本宮・身曾岐神社は鎮座する。

 

匠たちの伝統の技が惜しみなく注がれた神明造りの本殿。

古神道の神学、「神は火水なり」を具現した火祥・水祥の両殿。

東域には日本伝統文化の象徴として、能舞台が神池に浮かぶ。

さらに、門外不出とされた古神道の行法を伝授する修行の社としての瑞松宮。

 

天地とともに生き合い、自然をもって教典とする「いのちの信仰」、古神道。

千載にわたり白川神祇伯王家に伝えられて来た「神ながらの道」。

その真髄を、神道中興の祖、井上正鐡(寛政二年〜嘉永二年)への神伝を経て、身曾岐神社はことごとく相承している。

 

わが国で唯一、「古神道本宮」の名を冠し、日本の伝統精神文化の原点を正しく伝承する社として、

その神殿群は清々しく甍を重ねている。

 
ここ身曾岐神社は、ゆずの北川悠仁さんと高島彩さんが挙式をされた神社ですね!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

この能楽殿は、auのCMで使われてます。
 
auのCM動画はコチラ
 
新緑の頃にもう一度行きたいなぁ
 

 

 

 

 

あいにくの天気だけど、南アルプスの山々がなんとも綺麗顔ハート

 

「武田乃郷 白山温泉」で温まってきましたが、そもそもカラスの行水なもんで浸かっている時間は20分がいいトコw

さくも車で待ってるし 良しとしよう笑

 

有休消化の為の連休。

仕事が忙しくなくなった日を選んでの休日。
まぁ〜ゆっくりすんべぇ
 
出発前に、毎日飲んでいる「とうふ処 三河屋」さんの「豆乳甘酒」。
朝晩飲んでいますw
豆乳+甘酒=旨いに決まってるハート
 
行きは中央道で韮崎まで!
今回は原付じゃないよむふっ。
 
一か所だけ行きたい所は決まっていたけど 他はまったくのノープラン。
そんな中、道中めっけた案内板コレ
 
「韮崎市民俗資料館」
資料館・歴史観系大好き笑ピース
ましてや復元模型大好物^^
 
これは寄るっきゃないルンルン♪
 
「新府城復元模型」イェイ!
 
 
今になってじっくり見れば・・・あ~なるほど砂のお城
 
 
 
 
 
 
 
天保九 戊辰五月 甲州巨魔郡韮崎宿の「高札」

 

武田家姓名録(江戸期)

 

はなが子どもの頃に忍び込んだ「村の教会」です。朝市とのシーン以外にも、

父と洗礼を頼みに訪れたり、女学校にいるはなから届いたハガキを母が牧師に読んでもらったり、何度か登場しました。

もともとは富士身延鉄道会社を創設した造り酒屋の小野金六氏の生家で、

一部が韮崎市民俗資料館の敷地内に移築されたもの。

撮影では外観・廊下・座敷・縁側の小窓が使われた。

 

ロケの為に作られたセットだとは思えない位リアルためいき*

 

素敵up

 

以上、ざっくりguruguru

真っ暗な「柏尾の古戦場」
そして 小さな「近藤勇像」



そして…寒い( ˶´⚰︎`˵ )

先日の休みに さくと買い物ついでに谷保天満宮へ寄り道🐾

春の陽気で暖かで 散歩日和だった( ˶´⚰︎`˵ )
 
早咲きの梅の優しい香りが漂っていました*ˊᵕˋ*
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうぶつの森
 
昨夜作った「玄米カイロ」。
先日体のケアに行った際に肩に置いてもらったものを作ってみたわけだ顔
(多少中身は違うけど・・・)
 
中身は玄米2・ぬか2・塩1・とうがらしとうがらし・ローリエ葉っぱ
(玄米・ぬか・塩を弱火でフライパンで炒ったもの)
 
カバーは麻布だけど、中は手ぬぐい。
中身は見えないが、中身が偏らないように使い捨てカイロの大きさで区切り縫い目が入っている。
 
左のは、首肩用で職場にまで持って行ったww
 
レンジでチンし使用で、1年は使えるそうだ!
 
血行が良くなりポカポカしてくる^^
(ガムが置いてあるのはサイズ感がわかるかなぁと思ってw)
 
うん!! これはイイむふっ。
 
そして、職場の休み時間と毎晩観ている「推奴〜チュノ〜」。
チャン・ヒョクが男前過ぎて鼻血が出そうだww

 

 

職場からの帰り道、谷保天さんの梅林から漂う梅の香りのトンネルを走り抜ける季節になりました黒バイクバフッ!

贅沢な帰宅路でござんす梅鶯梅

月曜日の休みに疲れが待っていた体のケアで日野へ行ってきました( ˶´⚰︎`˵ )

事務の仕事で毎日パソコンと向き合っており、もともと首もストレートネックということもあって

毎日首が痛いし、肩はパンパンだし、頭痛はするし><

朝から頭痛薬を飲んでから仕事をしたり、ここ最近ではモーラステープを体のあちこちに貼って

仕事をしていました。

 
今回はじめてお邪魔したのは、個人のお宅でやっているサロンです。
過去に色々なサロンや治療院、又はクイックマッサージに何度となく訪れていましたが 
足で体中をほぐしてくれる(グイグイ、バキバキではありません)施術方法でした。
 
まず、足湯をしながら、首肩に手造りのホットパックを置いて下さり、お茶を飲みながら
問診票を書きます。
そうこうしていると、体があたたまってくるのがわかります。
 
問診票を書きながら日々の辛いところや仕事の内容などをお話しし、
いよいよ施術にはいります。
 
私と同じ年頃の女性に施術してもらうので 何の不安もありません^^
ほんわかした雰囲気の方なので リラックスしてお願いできました顔
 
最初は60分のコースだったけど、これは効きそうと思い すぐさま延長をお願いしました。
30分位たった頃には、暑くて暑くて汗も出て来て あきらかに血行がよくなったのがわかります。
 
施術が終わった頃には 顔から頭から汗が噴き出て来て 自分でも笑ってしまいましたww
 
リュックからタオルハンカチを探したが見当たらずスカル
手ぬぐいが一枚入って居たので それで汗を拭きふきバフッ!
我ながら手ぬぐいで汗を拭うさまが渋くて苦笑いしたwwww
 
 
二日たった本日も体はいたって軽いし、普段よりも首肩の痛みはない。
是非、またお願いしようと思っています。
 
ケアに行く前に時間があったので 通り道にある日野宿本陣でまったりしてきました笑
 
 
 
 
 
本陣の中で最も好きなのはココハート