「冬の日差し」
昨日は4日ぶりの仕事で今朝は体中が痛かった。
頭の上のダンボールの隙間から差し込む日差しから、もう日が上がってだいぶ経つことは分かっていたが、私はなかなか起き上がることができないで、この冬一番と思われる寒さに体を丸くして毛布に包まっていた。
妻の死と息子の誕生、生と死を目の当たりにしたあの日。
本来なら喜ぶべき息子の誕生を、私は妻の命を奪った張本人としてしか認識できず、彼の誕生を喜ぶことが出来なかった。
「どうして、命をかけてまで、、、」
あの時の私には、失ったものの大きさしか解らなかった。
いつも同じ時を過ごしてきた妻はもういない、これから先どうしらいいのか、私は頭が真っ白になり、耐えきれなくなり、あの場から逃げ出してしまった。
気がついたら明け方の都会を歩いていた
あの日も今じぐらいの初冬だったような気がする
あれから、もう6年が経った。
数年前までは、こんなホームレスの生活から抜け出さなければ、なんて思ってはいたが、最近ではこのダーボールハウスにも馴れ、居心地良く感じるようになっていた。
頭の上の隙間が広がり、私を呼ぶ声がした。
「先輩、ご無沙汰してます。」
先輩なんて、もう10年近く呼ばれていない、その言葉になんだか懐かしい氣持ちになった。言葉だけではなく、その声にも懐かしさがあった。
開けられた隙間から、誰かが覗いているようであったが、逆光になっていて真っ黒で分からなかった。
体中が痛い、昨日の疲れも残っている。
起き上がりたくなかった。私は、彼を無視してまた目を閉じた。しかし、また覗きこんでいる彼は私に話しかけてきた。
「先輩、寝た振りの演技、相変わらず下手ですねぇ、変わってないや、やっと探したんですから、今日はとても大切な日になるますよ、早く起きて下さい。」
閉ざしていた、私の記憶の扉が開きはじめた。そして、奥から一人の男が現れた。
佐竹友章。学生時代の後輩だった。
私はそっと目を開けて、狭い我が家を両手で半ば強引に押し広げ立ち上がり、「うーっ」と声にならない低い唸り声をあげながら大きく伸びをした。
「お元気そうでよかった。お迎えに来ました。」佐竹は頭を下げながらそう言った。
私は、いつも持ち歩くぺんとメモ帳をコートの中から取り出し、そこに
「イマサラ ドコニカエル?」と書きそれを佐竹に見せた。彼はそれを見て
「先輩、もしかして声でないんですか、私の声は聞こえますか?」そう訪ねてきた。
私は、軽く頷いた。そして、その時彼の後ろに
小さい子がいることに気が付いた。時折、ガタイの大きい佐竹のお尻あたりから顔を覗かせていた。
「先輩、帰る所はこれから作るんです。先輩には待っている人がいます。」
佐竹は後ろに隠れていた男の子を自分の前にして、また
「この子、分かりますか、そして、私は誰に頼まれて先輩を探してたのか、、、先輩にはたくさん、たくさん、お話があるんです。とりあえず私の家に来てください。」
私はその子が誰であるかは直ぐにわかった。
しかし、なぜ、佐竹と、なぜ、ここに、、、
いろいろと考えたが、直ぐに止めて、大きく首を横に振った。
私はあの日、全てを投げ出し、あの場から、そして現実から、逃げ出してしまった男である。そんな私が、今更どうしろと、、、
そう思いながら、壊れたマイホームをいつもするように片付けはじめた。
後ろに立っていた2人は何やらこそこそと話をした後、一緒にダンボールを集め出した。
そして、男の子は私の髭だらけの顔を覗きこんで、
「お母さんに言われたの、お父さんを探して、一緒に暮らしなさい。って」そう言ったのである。
それを隣で聞いていた佐竹は私の手を掴み、
「信じ難い、とても、不思議なことが私とこの拓磨くんとの間に起きたんです。お願いです先輩、私達の話を聞いてください。」
この二人、いったい何を言っているんだ。
私は、頭の中で混乱を起こし始めていた。
ただ、私を見つめているこの子の名前が拓磨であることを知って、涙が溢れ止まらなくなり、立ち上がることができなかった。
「先輩、今晩は久し振りに飲みましょう。」
そう言いながら佐竹は私を抱え上げた。
そして、
「先輩に会えてとても嬉しいです。」と
私に握手を求めた。
私は、彼の手を両手で握り返した。
2004年 冬、
あの日から、何度も自ら命を絶とうとおもったが出来なかったのは、この日のためだとおもった。目の前の拓磨の満面の微笑みが、冬のお日様と重なりあって、心深く刻まれた日。
