バリバリ療養が効いて定型にみえる子
ブログに訪問、いいね、フォローありがとうございます。励みになります。
前回の続きみたいな感じですが
長くなるので、前編と後編に分けます。
わたし妹の子供が2年にも満たない療養を得て、現在は病院や療育すべて卒業した朗報のお話をします。
現在、小学3年の男児テツ君で、協調性運動障害目立ってました。あとは、ADDと軽い自閉症スペクトラム、知的にはボーダーでした。
感覚過敏もあります。まさに、もやしっ子でした。
母親は、私の実の妹。明るくて、気が強くて、喜怒哀楽も激しい、1日中、ずっと話してるような子です。医療系のお仕事についてましたが、20代前半に若くして結婚妊娠して3人の子供がいます。
父親は、京都の老舗○屋の御曹司様で、今はサラリーマンですが、同じ人間だと思えないくらい上品です。
なんで妹と結婚したのか不思議です。
仕事に忙しく、家庭の事は、すべて妹に任せています。だだし、人様より稼ぎます。
私の旦那も妹の旦那も、私の勤める会社に偶然出入りしたのも、何かの縁だったのかもしれません。
テツ君には、年子の姉がいて、勉強も運動も得意で、お母さんのように気が強くて世話焼きでした。それと5歳の弟がいます。
私と妹は同じ時に結婚して、子供も数ヶ月違いで3人産んでるので、小さな頃は遊べてるようで、テツ君だけ、ずば抜け運動が出来ずに泣いてばかりいました。室内遊びも不器用で、こちらもテツ君泣いてばかりでした。
テツ君は産まれすぐに、笑わないので、おかしいと思っていました。歩き方もふにゃふにゃで、たまごボーロを摘まんで食べる事が出来ませんでした。
みんなと遊びやお出かけや運動が嫌で、家に居たがる子供でした。
身体が弱く、入院してばかりで、嘔吐症になっていました。
親戚やみんなから、病院連れて行けと言われてましたが、妹は渋ってました。保健センターの検査では引っ掛からず、5才検診で、ついに発達障害の病院に掛かる事になりました。
セカンド・オピニオンもして、結果は、協調性運動障害とADD、自閉症スペクトラムと知的にボーダーなおかつ、読み書きするのに、眼球の動きがついていかず、出来ませんでした。
支援級行きだと思ってましたが、
1年と少し、4つの機関のスペシャルな療育を受けて、今は定型発達にみえます。
妹は、すでに力尽きて、自力で療育は無理だから、専門家に頼むしかないと決めてました。
長くなるので次回に続きます。