「はああ?何?どういうこと?」
院長が益々、機嫌悪そうに二宮先生を見ながら言った。
二宮先生は、そんなこと全く気にしない様子で、いや、院長の機嫌の悪さを楽しんでいるように私に笑顔を向けて
「オレが駅まで送るって話してたんで。行こっか。ユウキちゃん♡」
と、語尾にハートマークをつけたかのように言った。
「…二宮先生、あの、本当に1人で大丈夫なんで。」
「ダメだよ。こ~んな可愛い子を1人で帰してなんかあったら、大変だから。ね…翔さん。院長として、責任重大だよね。」
「あ、でもいつも1人ですし。」
「じゃ、麗香、送ってくるわ…ユウキちゃん~行くよ~~」
どうして、こんなに楽しそうなんだろう…?
そう思って、二宮先生をみつめた。
院長が溜息をついた。
そして、仕方なさそうに、
「…オレ、コンビニ行くから、じゃあ、オレが送るよ。……ついでだし…ニノと麗香は、もう上に行ってろよ。」
と、やっぱり不機嫌な声で言った。
「なんか翔ちゃん、怖いよ。今日。ね、カズくん。」
それを聞いて二宮先生が耐えきれないとでもいうように、口元を左腕で隠しながら笑い出した。
「?…二宮先生?どうしたんですか?」
「もう。カズくん、どうしたの?」
「…いや、クックックック…皆んな楽しい人達だなって…クックック…」
と、笑いが止まらないみたいだった。
二宮先生の言葉の意味がわからなかったけれど、
院長が強い口調で、
「…結城、行くよ。」
と、言って外に出てしまったので、2人に挨拶して後を追いかけようとした。
「ねぇ…ユウキちゃん。」
…二宮先生に呼び止められた。
振り向くと、
「…ダメだよ。傷付くことを怖がってたらさ…我慢ばかりしてると、笑えなくなるよ。…あたって砕けろっていうじゃん。もっとぶつかっていかないと。あの人、石橋割れるまで叩いて、粉々にして渡れなくなって後悔するタイプだからさ…女の子に関してはね。」
と、優しい顔で言われた。
温かな優しい目だった。
二宮先生…私の気持ちに気付いてる…
どうして…?
驚いて、思わず二宮先生を見つめる。
先生はフッと笑って、
「…頑張ってね。…ほら。早く行かないと余計ひどくなるよ。生まれて初めての感情だから、処理方法わかんないのよ。あの人も。」
「…はい…?」
「結城ー。まだかよー。」
イライラしている院長の声がドアの外から聞こえてきた。
「あ…二宮先生、麗香先生、失礼します。お疲れ様でした。…二宮先生…ありがとうございます。私…頑張ります。」
そう言って、慌てて外にでた。
駅に着くまでの間、院長は一言も話してくれなかった。
私は、なにか院長を怒らせてしまうことをしたのかと、ずっと考えていたけれど…わからなかった。
二宮先生の言葉……
我慢ばかりしてると…笑えなくなる…か。
なぜだか、心に響いている。
あの温かな眼差しが、
『大丈夫。ぶつかっていけよ。』
って言っていた。
駅に着いた。
「…ありがとうございました。あの…勉強会なのに、ご迷惑おかけしてすみません。」
車を降りようとすると、ふいに手首を掴まれた。
驚いて院長をみると、すぐに手を離して、
消え入りそうな声で、前を向いたまま話した。
「……結城は謝ることないからさ。」
「…院長。あの……私、なにかしましたか?」
「…いや。だから、なんでもない。」
そう言うと、私をじっと見つめてきた。
…私は視線を外すことも出来ずに院長の目を見つめ返した。
何か言いたそうにしている…気がした。
「…院長、何かありましたか?」
と聞いてみた。
「…いや、なにも…」
と言って、また前を向いてしまう。
その横顔がなんだかとても寂しそうにみえた。
どうして……?
さっきは、怒っているのかと思ったけれど…
「…オレ、行くわ。…お疲れ様。気をつけて帰れよ。」
と言われて、急いで車を降りた。
「…はい。ありがとうございました。お疲れ様でした。」
院長は…車を発進させ、行ってしまった。