勉強会の日
早めに病院をでたのに、携帯をロッカーに忘れてきたことに途中で気付き、仕方なく病院に戻ることにした。
病院に着くと、ちょうど、麗香先生が駐車場に車を停めていた。
麗香先生とは、一緒に仕事をしたことはないが、たまに本院に遊びにきたり、難しい症例の患者を連れてきたりしていたので面識があった。
私は誰にも分け隔てなく優しい麗香先生が、大好きだった。そして、凛としたその雰囲気に女性として憧れていた。
「麗香先生、今晩は。」
「今晩は……って、あれ?結城さん…だよね?どうしたの?」
「今、こちらに勤務してるんです。急に人が辞めてしまったので。」
「そうなんだ。…翔ちゃんも大変だね。結城さん来てくれて、助かってるんじゃない。」
「だと、いいんですけど。」
助手席に乗っていた男性が車から降りてきた。
勉強会に来ているのだから、獣医なのだろう。
「今晩は。はじめまして。結城と言います。」
「ん。二宮です。」
「あ、彼ねうちで勤務している先生なの。…私の恋人でもあるんだけど…。」
「……え。そ、そうなんですか。…スゴイ、美男美女だ…」
「わ。そんな嬉しいことを。」
「…あなたね、そこ、謙遜するとこよ。今のは。」
「え。だって、嬉しいじゃない。美男美女なんてなかなか言ってもらえないよ。」
「…はぁ。だからさ、嬉しいとかじゃなくてさ…」
麗香先生は、二宮先生の唇を人差し指でチョンと塞いだ。
そして、私に
「結城さん、もう帰るとこ?駅まで送ろうか?歩いたら、結構な距離あるでしょ。」
と言ってくれた。
「帰る途中に携帯忘れたのに気がついて、戻ってきたんです。送っていただくなんて…そんな。1人で大丈夫です。それに、もうすぐ竹田先生いらっしゃるんじゃないですか?」
「…私、送るよ。携帯とっておいで。竹田先生来ても全然大丈夫だから。」
「あ、でも本当に、」
二宮先生が私の言葉を遮った。
「ユウキさん?だっけ?…ムダだよ。この人、こういう時、絶対に曲げないから。早くとっておいで携帯。…オレが送るから。」
「え?カズくんが送ってくれるの?」
「…竹田先生にこの間の症例の報告するんだろ?」
「あ、そうだった。…じゃ、結城さん、遠慮しないで、カズくんに送ってもらって…ね。」
「…はい。じゃあ、すみません。急いでとってきます。」
裏口から中へ入ると、2人も続いて中へ入ってきた。
二宮先生が
「…竹田には、あんま近寄んないように。」
と、小さな声で麗香先生に言った。
小さな男の子が駄々をこねたような言い方に、私は思わず麗香先生を見た。
麗香先生は照れたように、だけどそれがいつものことのように、
「あ、ごめんね。カズくん、ヤキモチ焼きなの。」
と、笑いながら言った。
二宮先生は、口を尖らせながら、
「うるさいよ。普通イヤだろ。好きな女が他の男に触れられたりしたら。」
と、私がいてもなんの照れもなく、当然のことのようにサラッと言った。
聞いている私が照れてしまった。
だけど、麗香先生が凄く大切なのがわかる。
羨ましい位に、愛されてるんだな…と思った。
私は麗香先生に笑顔を向けて、
「二宮先生、かっこいいですね~」
と言った。
その時、
2階から院長が降りてきた。
「結城?…まだいたのか?なんで早く帰んねぇの。遅くなんだろ。」
聞いたことのない低い声でそう言うと、怖い顔で睨まれた。
私は、院長のそんな顔を見たことがなくて、何も言えなくなった。
「翔ちゃん、なんでそんなに怒ってんの。結城さん、携帯忘れて取りに来たんだよ。」
「…そう。じゃあ、早くとってきて、早く帰れよ。」
「はい。すみません。」
急いでロッカー室に向かった。
麗香先生の声が聞こえた。
「翔ちゃん、どうしたの?なんでそんな言い方するの?翔ちゃんらしくない。」
院長がなんと言っているのか聞こえなかった。
急いでとってくると、二宮先生が、
「…じゃあ、行こうか。…ユウキちゃん♡」
と、、とても可愛らしく笑いながら言った。