仕事をすることが好きだ。
どんなに忙しくても。


治療方針を考えたり、
過去の症例と照らし合わせ、
新しく有効な方法がないのか勉強していく。


個人病院での臨床を考えていたが…

開業に興味のなかったオレに
教授は大学に残るよう勧めてくれた。



大学には、高度な治療を求めて
全国各地から動物が集まってくる。


その飼い主からの期待に応えたい気持ちと
動物を治してあげたい気持ちで
ずっと、突っ走ってきた…






いつからだろう…








原因が何なのかさえわからない。


疲れで全身が侵され、

一つ一つの細胞が、
無気力と言う恐ろしいヤツに蝕まれていたのは



それは…

きちんと眠っても、食事をとっても
友人と飲み歩いても…

なくならないどころかむしろ増殖していった。




それでも仕事をした
今まで以上に…



周りにいる人達は
オレの変化に全く気づく様子はなかった。


昔から 他人に見せる自分を決めているから
それは当然だろうけど。



心が無になる前に
仕事を辞めようかと思っていた


だけど…辞めてどうする?


仕事を辞めたところで
この状態が改善されるとは思えない。



そんな矢先
母親から電話がきた。


「かずくん、さくらが元気ないのよ。ちょっと今度の休みに帰って来られない?」


「病院、行ってるんでしょ?」


「行ってるけど。さくらが元気ないときは、あんたも元気ないんじゃないかと思ってね」



この人は…
どこにいてもオレの変化に気付くみたいだ。



「……わかった。明後日休みだから、帰るわ」



電車で1時間しかかからない実家に帰るのは
3年ぶりだった。



顔を見るなり
また痩せたの、ちゃんと食べてるのと…
うるさく言われた。



さくらは どうなの?  と聞くと
もうすっかり元気だと言う。


確かに俺の足元にまとわりついて離れようとしないさくらは、元気そうに見える。



仔犬の頃から通っている病院を
母はとても信頼していた。


どうやら、オレの出る幕はないみたいだ。



大量に用意された昼飯を食べると
何もすることがなくなった。



もう帰ろうかとも思ったが、
明日も休みだと言うと、
今日は 泊まっていくように 半ば強制的に言われた。



しかたなく、コンビニに行こうと家を出た。



近くの公園に通りがかり、
なんとなくベンチに座った。



秋晴れの穏やかな日差しの中で、
ぼんやりと空を見つめていた。




突然、、



「お座り」と声がした



声の主は女の人。
ドーベルマンを連れている。




なんだか、気になって見ていると
どうやらお座りをさせたいらしい。



でも…
完璧にドーベルマンに遊ばれている。




おかしくなって耳をすましていると
何度もお座りと言っている。


だけど全然座らない。


そのうち、カバンから何か取り出すと
急にお座りをした。



その後も次々と言うことを聞いている。



おやつでもあげたのかな…


「リュウくん、おやつがなくてもやらないとだめだよー」



と、満面の笑みで彼女は言った。


リュウと呼ばれたドーベルマンは、飼い主に撫でられる嬉しさを全身で表現するかのように、仰向けになりお腹を見せながら、お尻をフリフリしていた。



そんなリュウのお腹を撫でながら


彼女は…


とても幸せそうに 笑っていた。




…気がつくと彼女のそばまで来ていた




そして、いつぶりだろう…



オレも 声を出して笑ってしまった。