確か小2、3の頃に親の促しでラボパーティに通い始めた。思い返せば返すほど死ぬほど嫌だった記憶が蘇る。全てが疑問、疑念、嫌悪感だった。小さい子供達に対してずっと保育園の先生のように振る舞うトゥーター。子供にそう接するのはもちろん当たり前の話。でも、私には違和感しかかなかった。子供も幼稚過ぎて相手にするのがしんどかった。ラボに通わせる親はみんなこぞって「ラボに通わせている」自分に酔っている。そして自分の子供が大好きだ。溺愛され無駄に自己肯定感の高く育てられた子供は誰もが、自分は1番だと感じ、行動、コミュニケーションがその子供たちの集まりで行われるのである。わたしは自分の中でいつもコミュニケーションのバランス感覚が取れてないと思っていた。劇をしていても、周りは演じることに夢中になっているのに、私には出来なかった。客観視してしまう自分がいて、アホらしく思えてしまった。無駄に高い自己肯定感がそうさせているのだろうか、とさえ思う。それに肯定的な態度を取るトゥーターが気持ち悪くて仕方なかった。おかしかった。なんでそんな態度とるの?大人なのに。何考えてるんだ?この人も欠けてるのか?
ラボパーティのあの雰囲気、空気感が死ぬほど嫌いだった。あれはなんなんだろう、言葉に表せないほど異様だった。楽しいと感じたこと、、あったのか?
みんなで手を繋いでお歌を歌いましょう、みんなでお友達の名前を呼び合いましょう、劇の役割決めをしましょう→自分のことしか考えないやつが多数、終わりの会で手を繋ぎましょう、最後に列に並んで雨を貰ってハイタッチしましょう、、、
これを小4までやった。これになんの意味があるんだろう…自分は違和感増し増しなのに周りに合わせてどんどん気分が悪くなる…トゥーターはそれに気づいて私へ多少の嫌悪感を覚える。周りもこいつ急に機嫌悪くなるなと思う。
ああ、本当に辛かった。しんどかった。アホらしかった。
親はなんでこんな所に通わせたんだ、とさえ思う。1万円もするセットの英語教材を数十個分も買って…子供にそんなもの使わせてお金の無駄だと思わなかったのかな…。未だに新品のもあるし。きっと昔から私が周りと違う「変な子供」だったから「普通の協調性のある子」にしたくて通わせたんだろうな。あとは、ラボで得られるメリットに酔ってたんだろうな。だから高い教材に手を出して、「うちの子が能力ある子に育つため」とでも考えてわんさか購入してたんだろうなあ。そんなことを頭の中で考える程気分が悪くなるし気持ち悪くなる。心臓がおかしくなる。とにかく本当に嫌だった。と、改めて教材をオークションに出品してる最中に思った。自分はあの時すごく嫌だったし、沢山我慢していたんだなと気づいた。必死に周りに合わせて、明るく振舞って、そういえば毎回時計みて帰りの時間確認してたっけ…微かな記憶。
そんな小学生の頃から自分のままでいることを押さえ込んで周りに合わせながら生きていた事が本当に今となって過去の自分が可哀想で虚しく思えて仕方ない。もう、ありのままで生きたいと思った。人生の無駄だと思った。自分らしくありたい。
小さい頃にやっていた習い事で唯一楽しかったと思えたのは幼稚園の頃のペンシルペンシルという硬筆の教室だけだった。1人または少人数で黙々と集中出来るのが好きだった。
ピアノ教室はだんだん嫌いになっていった。次の課題はこれ、次のメニューはこれ、と命令されたものだけをこなしていくのがつまらなかったし、ピアノを引くワクワクを先生が教えてくれなかった。ついでに先生が嫌いだった。やっぱり扱いづらい子供だったのかな。あぁ、あとクリスマスプレゼント交換とか、手話発表とか、は?って感じだったな。
習字も同じような理由だった。先生に違和感を覚えたし、周りは友達が沢山いたのに自分は1人だったな。しかもそれが別に気にならなかったな。
大人が嫌いなのか?エゴの塊のくせに命令指示ばっか通して言いなりにさせることに好感を覚える大人が、嫌いだったのかもしれない。
お遊戯会みたいなのも馬鹿らしくてしょうがなかった。そんなことやらせる大人も子供も嫌いだった。「子供にはこう」みたいな概念が自分の個性を潰されてるような気がしてなんだか嫌だった。つまらなかった。
学校は、そんなものを真に受けないで枠外でふざけてた男子が沢山いたから、どっか安心して、楽しかったのかな…。
考えれば考えるほど自分が一体何なのか分からなくなる。ただ小学校の頃嫌いだったことを思い返せば、自分はどうするのが好きなのか少しでも見えてくるから、それを僅かな指標にしたい。