山田姉妹推しのフランシスコです!😘👍✨🍀関東も桜が咲き始め、日に日に満開に近づきつつあります。街が春の花々でいっぱいになる時はもうすぐですね。🌸🌸🌸
さて、山田姉妹がとても得意とする”日本の歌”のジャンルから、今日は2021年4月にYoutubeで配信してくれた「花の街」をシェアします。美しい心と美しい春が表現されたこの歌を、山田姉妹が清らかに美しく、優しく素敵に歌ってくれています!動画で逗子の公園や海も紹介してくれていますよ!🥰👍✨🍀
作詞:江間章子、作曲:團伊玖磨で、戦後間もない1947年(昭和22年)4月16日、NHKラジオ「婦人の時間」にて発表されました。どちらも日本の著名な方であり、江間章子さんは有名な「夏の思い出」の作詞をされた方でもあります。🤓👍✨🍀
七色の谷を越えて 流れて行く 風のリボン
輪になって 輪になって かけて行ったよ
春よ春よと かけて行ったよ
美しい海を見たよ あふれていた 花の街よ
輪になって 輪になって 踊っていたよ
春よ春よと 踊っていたよ
すみれ色した窓で 泣いていたよ 街の角で
輪になって 輪になって 春の夕暮
ひとりさびしく 泣いていたよ
実は、私はこの歌にはとても思い出に残っている体験があります。私が25歳の頃、春の桜の時期に、大阪の大阪城公園で在日コリアンの方々との交流があり(韓流ブームの10年くらい前でした。)、その時、在日コリアンの婦人の方々が、チマチョゴリを着て、桜の咲く公園でこの「花の街」を素晴らしい合唱で歌ってくれました。この美しい日本の歌を、とても大切そうに歌ってくれているのが、強く印象に残っていました。朝鮮半島でも愛されている歌なのかなあ、とその時は思ったものです。✨🌸🌸🌸✨
しかし、後でわかったのですが、作詞の江間章子さんは、70年代に国交の無い北朝鮮との交流に努力されようとした方でもあったそうです。在日コリアンの方々がこの美しい心を表現した「花の街」を愛し、大切にしてくれている理由のひとつがわかりました。😉👍✨🍀
江間さんがどのようなお気持であったかは資料がなく、定かではありませんが、このような繊細で美しい詞を書かれる方です。悲しい両国の歴史への思いを胸に、朝鮮半島への同情と共感の中で、平和と希望と和解の懸け橋になりたいと思っておられたことでしょう。😊👍✨🍀
Gemini 2.0 Flashに「花の街」についての解説をお願いしてみました。次のように説明してくれました。ご一読ください。🤓👍✨🍀
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<Gemini 2.0 Flashによる解説>
童謡「花の街」は、戦後の日本で生まれた、平和への願いが込められた美しい歌です。以下に詳しい解説をまとめました。
1. 楽曲について
作詞:江間章子
作曲:團伊玖磨
発表:1947年(昭和22年)4月16日、NHKラジオ「婦人の時間」で発表
2. 歌詞に込められた想い
「花の街」は、作詞者の江間章子が戦後の荒廃した街並みを見て、心の中に描いた幻想の街を歌ったものです。歌詞には、戦後の悲しみと、平和への願いが込められています。1番と2番は明るく楽しい情景が描かれていますが、3番では悲しみが表現されています。この対比が、歌に深みを与えています。
3. 歌の背景
第二次世界大戦後の日本は、焼け野原となり、多くの人々が悲しみの中にいました。そのような状況下で、「花の街」は、人々の心に希望の光を灯しました。発表当時、その内容から不謹慎であるとの声もありましたが、現在では平和を象徴する歌として、多くの人に歌い継がれています。
4. 歌の魅力
美しいメロディーと、心に響く歌詞が、聴く人の心を惹きつけます。子供から大人まで、幅広い世代に愛されています。合唱曲としても人気があり、多くの人に歌われています。「花の街」は、平和への願いが込められた、時代を超えて歌い継がれるべき名曲です。この歌を歌うとき、私たちは平和の尊さを改めて感じることができます。
作詞家・江間章子さんについて
江間章子さんは、昭和を代表する詩人・作詞家です。童謡「花の街」や「夏の思い出」の作詞者として知られています。以下に江間さんの生涯についてまとめました。
生涯
1913年3月13日、新潟県高田市(現:上越市)に生まれる。少女時代を岩手県で過ごし、その後静岡県へ転居。静岡高等女学校(現:静岡県立静岡高等学校)時代から詩作に才能を示し、詩人を目指す。1930年、上京。駿河台女学院(後の東京YWCA専門学校)に進学。1936年、詩集『春への招待』を自費出版。戦後、NHKラジオ歌謡の作詞などを手がけ、「花の街」「夏の思い出」などを作詞。これらの作品は、高度経済成長の中で人々の心のよりどころとなりました。2005年3月12日、脳内出血のため死去。91歳でした。
主な作品 童謡:「花の街」 唱歌:「夏の思い出」その他多数の詩や歌を作詞。
人物像
江間さんの詩や歌詞は、自然や風景、人間の心の機微を繊細に描き出し、多くの人々の心を捉えました。特に戦後の混乱期に、人々に希望や安らぎを与える作品を数多く残しました。叙情的な詩の世界は、世代を超えて人々に歌い継がれています。童謡や抒情歌だけでなく、校歌、社歌なども手がけています。
1949年、尾瀬への思いを綴ったラジオ歌謡「夏の思い出」を作詞、この歌のヒットで尾瀬への旅がブームとなり、群馬県片品村の名誉村民の第1号になりました。
江間章子さんは、日本の歌謡史に大きな足跡を残した作詞家として、人々の記憶に残っています。