21年前の今日。
当時の私はまだ物心すら付かない8歳で、
自分が安穏と夢の中にいる間に
6000以上もの尊い命が
夜明け前の神戸を襲った大地震によって
奪われてしまった事すら知らず、
震災によって大きく傾いた道路を
テレビで見ても其処で何が起きてるのか
解ってすらいませんでしたが、
今は1月17日という日は誕生日である前に
自然の気まぐれのせいで
6,500人近くもの命が喪われた日であり
そのような惨劇が起きた一方で
自分がこうして生きていることが
どれだけ恵まれていることなのか、
今この一瞬だって犠牲者の分も
生きているのだということを
噛み締める日なのだと思っています。
犠牲者の冥福を祈るのも
ただ手をあわせるのではなく私にとっては
あの日の事や生きているという事が
どれだけ尊い事であるかを
永遠に忘れてはいけないという
戒めでもあると感じられます。
それは来年も再来年もその翌年も
この日を迎える度変わらないでしょう。
だから、日常の中で辛いことがあっても
其処で心臓が脈動し呼吸が出来るだけでも
有り難いことで恵まれてるという事を
自分に言い聞かせようと思いながら、
今夜は静かに犠牲者への御冥福を
御祈り申し上げます。