患児の母から看護師へ | がむしゃらにナース

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保育士→看護師。
いつでも必死!「がむしゃら」がモットー。

子どもが大きな疾患になり、手術等、長い入院生活を終えた後、

待っているのはそれらを経験していない子どもたちとの

生活です。

 

退院するとき、お母さん・お父さんは退院できたことに喜び、

その後の生活に目を向けることはすごく難しいことです。

私もそうでした。

 

脳の一部をとるって・・

頭蓋骨を削るって・・

約10時間の手術をして、くも膜下出血にまでなって

そんな子がやっと退院できる!

 

そんな状況の中で、この子が小学校に通っている姿なんて

想像できませんでした。

 

でも、現実は一つ一つ体当たりして解決していかなくてはいけないことが

本当にたくさんありました。

 

術後だから同じ学年の子にぶつかられたり、叩かれたりしないよう

保護者会でママたちに細やかに説明をしました。

 

保健の先生、担任の先生とお話をして

もし、万が一、てんかんの発作が再発したら

どこの病院に救急搬送するか、搬送前はどのように対処するか

一つ一つ確認するために、長時間の面談をしました。

 

術後、5年が経とうとしたとき

保健の先生が変わってしまい、すべてが一からになりました。

申し送りが全然されてなくて、すごくイライラしました。

命がかかっているのに!!と。

しかも、イジメが始まるような年齢で(実際にいじめがあるようなクラスで)

プールのときに、15cm×15cmのピンクの布を

プールの帽子につけろ!!と校長とともに保健の先生に言われました。

 

旦那と共に、これに対しても細やかに説明し、

脳波の結果、もうてんかんコントロールの薬を飲まなくなって

5年は経っていること・・など、娘の病状のほとんどを話し

なんとか理解を得ました。

 

そして今年。

中学に入る前も保健の先生と面談をして

娘の疾患について、発作の有無や発作の出現の形について話してきました。

 

なのに!なのに!!!

 

4月で保健の先生が交代になったら、

なんの申し送りもされていない!!!

ちゃんと書面に出しました、と言ったら

「んー・・その書類、あるはずなんですよねぇ。。あ、これかな??これじゃない・・」

とか言ってる始末。

 

怒鳴りましたよ。私。

もし、娘が今、無呼吸の発作を起こしている最中だったら、

あなた、このペースで資料を探していたら、

娘はどうなっているんですか?!・・と。

 

とにかく、しっかりしてほしいです。仕事に責任を持て!!!

 

私は患児の母親という立場から、看護師になりました。

病棟で同じようなお母さんに出会い、

やっと退院できます、という喜びがやや落ち着いたころに、

娘の病気については言いませんが

退院後、このようなこと(学校側との調整)が予測できます、

しっかりお話しして、お子さんのよりよい状態を守れるようにしましょう、

とお話しします。

 

ほとんどの親御さんは

「そうですね・・!たしかにそうだ・・。全く考えられていませんでした」と言い、

お礼を言ってくださいます。

 

あの時、そして今、悲しくつらい思いをした経験は

何一つ無駄にはならない、と実感する瞬間です。

 

『まさか!・・は起こり得る』

 

そう思いながら、仕事してほしいし、

自分もそうすべき、と思っています。

 

今日は重めのお話になってしまいました・・。