「腹減ったなー。」
かれこれ2、3時間は机に向かっていただろうか
なにしろ朝は飲むヨーグルトしか口にしていないため、正午が近づくと急激に腹が減る
そして俺の場合、一度この空腹感を覚えるともう勉強どころではなくなる
「お寿司、カレー、ラーメン、ハンバーグ、オムライス……。今日は何を食べたい気分かな?」
そんな事ばかり考えてしまう
そう
俺は根っからのデブなのだ
「焼きそば作ったけど食べるー?」
リビングの方から聞こえた
祖母の声だ
さっきからジュージューと何かを炒めるような音が聞こえていたわけが今わかった
祖母が昼間から料理をすることはほとんど無い
普段の昼食は生ラーメン、パン、スーパーの惣菜、前日の残り物のどれかで済ませてしまっている
だが好物の焼きそばとなれば話は別だ
自ら腕を振るって大量に作るのだ
俺の分まで
大量に……
もちろんこれが美味ければ何も問題は無いのだが、決してそうではない
祖母の焼きそばは複雑な味がする
妙な酸味があるのだ
これは俺の推測なのだが
この焼きそばには
たぶん
おそらく
ほぼ間違いなく
いや
ゼ ッ タ イ に
ケチャップが入っている
そのせいだろうか
そばはやけにベチャッとしている
祖母はソースとケチャップの区別がつかないのだろうか
それとも焼きそばとスパゲティーナポリタンを混同しているのだろうか
はたまたケチャップを万能の調味料か何かだと思い込んでいるのだろうか
真相は定かではないが確実に言える事が1つだけある
祖母の作る焼きそばは
マズイ
正直なところ
俺は食べたくなかった
昼飯になりそうな物ならパンもカップラーメンも冷凍食品のスパゲティもある
何もこの焼きそばを昼飯にする必要はない
そんなことも考慮した上で
俺は答えた
「食べるー。」
こう答えるしかなかった
もし仮に「食べない。」と答えたとしよう
すると祖母はほぼ間違いなくこう思うだろう
「なんでだろう?」と
そしてその答えは、おそらく祖母自身が簡単に導き出してしまえるものなのだ
まず、俺は焼きそばが嫌いではなくむしろ好きだ
そのことはもちろん祖母も知っている
そして祖母は俺が朝から何も食べていないことも知っている
そのため“腹が減っていない”ということはまずない
となると、すでに答えは1つしかない
“味が気に入らないから”だ
祖母はいつだって俺に優しかった
俺の欲しい物はなんでも買ってくれた
欲しくない物まで買ってくれた
よく双六で遊んでくれた
今思えば、わざと負けてくれたこともあったのかもしれない
たとえ父や母が俺を叱っても、祖母は必ず俺の味方をしてくれた
俺はこんなにもだらしなくて、こんなにもひねくれ者で、こんなにも冴えない男だというのに……
祖母は今も
俺を可愛がってくれている
俺は
そんな祖母が
いや……
そんなばーちゃんが
大好きだ
ほんの少しでも
傷つけるなんてこと
俺にはできない
俺は焼きそばを食べた
「美味しいね。」
と言って
食べた
だがさすがに
この焼きそばで腹を満たし
後々眠気に襲われ
勉強どころではなくなる
のは御免だったため
俺は腹八分目、七分目、いや六分目ほどで箸を止めた
祖母は「もういいの?」と一瞬だけ顔をしかめたが、「なんかもうお腹いっぱいになっちゃった。」で振り切る事に成功した
さて
勉強だ
実を言うと、午前中はあまり集中できていなかった
そのため午後はなんとかして遅れを取り戻そうと、俺は焦っていたのだ
すぐに部屋に戻り机に向かった
そして
30分程経った頃
俺は気づいた
「集中できない!」
何か言いようのないモヤモヤが頭の中を支配している
そんな感じだ
まだ朝起きれなかった事を引きずっているのか?
それとも
奇妙な味付けの焼きそばを半ば嫌々食べる羽目になってしまい
そして実はまだもう少し何かを食べたいのだが祖母には
「お腹いっぱいだ。」
と言ってしまった手前何も食べられないという欲求不満を感じているせいか?
答えはおそらく
“両方と、その他諸々”だ
“諸々”というのは、浪人生なら誰しも常に感じているであろうありとあらゆる不満、ストレスの事である
とにかく
こうしてダラダラと勉強を続けるのは非効率的だ
このままではいけない
なんとかしてこのモヤモヤを解消しなければ
「よし、外に出よう。」
そうだ
集中できなくなるのは今に始まったことではない
これまでに何度も同じようなことがあったではないか
こんな時はとにかく外に出て気分転換をするのが1番だ
俺は立ち上がり、とにかく外に出られる格好に着替えようとした
が
途中で手が止まった
「どこへ行こう?」
ただ外に出ればいいというものでもない
実際、過去にも「気晴らしだ!」と思い目的も無しに外に出たことが数回ある
しかし、その結果はいつも散々なものだったのだ
例えば駅前まで行ってみたことがあった
だが俺の住んでいる町は都内といえども田舎で、若者の立ち寄るような店はない
仕方なく本屋に入ってみるのだが、目に入ってくるのは参考書、大学受験案内などどれも不安を掻き立てるようなものばかりだ
たまらず店を飛び出す
もっと気楽に見て回れるだろうと思い今度はダイエーに足を運んでみるのだが、ここで俺はあることに気づく
「オバさんばっかり……。」
当然のことながら、十代の若者など1人もいない
俺は明らかに浮いている
なんだか周囲の主婦達がチラチラとこちらを見てくるような気がした
平日の昼間っから
いい若いもんが
こんな場所で
何してんだか…
皆そう思っているのだろう
俺は急に恥ずかしくなり、またしても店を飛び出す
そしてこんな事を考え始める
「俺には…居場所が…無い……。俺の居場所は…………どこ?」
きっとこの頃にはすでに精神崩壊を起こしていたのだろう
俺は仕方なく家に向かってとぼとぼと歩き始め、そしてついに歌い出した
あゝ
日本のぉーどこーかにぃー
私を
待ぁってる
人がいるー。。。♪
気分は完全に『いい日旅立ち』だった
あの時と同じ失敗を繰り返すわけにはいかない
俺は上半身裸の状態でどこに行くかを考え始めた
TSUTAYAはどうだろう?
いや
あそこへ行くとつい何かDVDを借りたくなってしまう
借りたら最後、今日1日を棒に振ってしまうことは目に見えている
却下だ
ブックオフは?
あ
あそこは潰れたんだった……
では公園はどうだ?
高校生の頃はよく学校の帰りに1人で立ち寄りベンチに腰掛けてカップ麺をすすりながら少年達のサッカーをぼんやりと眺めていたではないか
いや
ダメだ
今あれをやるとおそらく鬱になる
ん?
当時もすでに鬱だったか?
まぁいい
じゃあバッティングセンターなんてどうだろう?
ん?
「そうか! バッティングセンターか!」
思わず声に出してしまった
これは悪くないアイデアだったのだ
バッティングセンターがあるのは隣町なのだが、自転車で行けば15分もかからない
しかもそこは平日14時までに来店すれば
なんと、半額なのだ
ちなみに今は13時11分だから余裕で間に合う
それに何より
イライラする時は体を動かすのが1番だ
野球好きな俺は普段勉強に行き詰まった時、よく部屋で折りたたみ傘を使って素振りをしている
実は最近フォームの改善も行い、そこそこの自信もついてきたため、そろそろ実力を試してみたいと思っていたところなのだ
これはもう行くしかない
俺は途中だった着替えを終えるとすぐに財布とチャリキーを持って部屋を飛び出した
「ちょっと出かけてくるー!」
リビングに向かって大きな声で言った
「寒いから温かい格好して行くのよー。」
祖母が心配そうに返した
俺は
「大丈夫! 行ってきまーす!」
と最後に言い、玄関のドアノブに手をかけた
それが地獄への入り口だとは知らずに……
俺はゆっくりと
扉を開けた
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