今まで15歳から8年間、前半は病気に気づかなかったにしても病気、それによる体調不良で友達との交流を避けてきてしまった、そのせいで孤独で悲しいし寂しいと書いてきましたが、
ちょっといい意味でそれも意外と勘違いだったかもという出来事がありました。
それは
海外の知り合いの方で、私の一つ下の子が突然、母国に帰国することになったんですが
私自身、
彼女が帰らなければならない3日ほど前に知らされたので、ホント突然で
心の底から寂しいって思いました。
ポッカリ穴が開いてしまったような感じです。
とっても寂しかったし、あーあ…と思ったけれど、
よくよく考えたらこんな気持ちになったのはホント何年ぶりだろう…って。
私にも離れて寂しい、悲しいって思える人いるんじゃんw と思ったんです。
一つ下で、ほとんど歳も一緒で、話も楽しくて、彼女のお陰で英会話力上がった気がするし、
今は体調良くないけれど、良くなったときのための準備をホント手伝ってもらったなって。
それ考えたら涙なしではバイバイできず、お互い泣いてしまいました。
そんな人が私にもいたのかと思って、なんか気づくの遅いけど、励みにもなりました。
帰って少ししか経っていないけれど今もLINEでたまにやりとりしてます。
自分で言うのもなんですが、
こんな感じで人との交流ちゃんとあることを忘れていました。
体調よくないから出来ることは健康な人よりは少ないけれど、私なりに出来る精一杯の種まきをしてるんじゃないかなって。
それは人間関係だけじゃなくて、これから元気になったときに正式な職に就けるための色んな努力などもあると思います。
そういうことをやっていくうちに、プライベートでも人間関係ってついてくるな〜と。
なんでこんなことを今さら理解し直さなきゃいけないのか、23にもなってちょっと恥ずかしいですが、
そんなことも分からなくなっていたんだなと思いました。
だから、捉え方によっては病気するって怖い部分も正直あります。
表には出しませんが、かなり心の中が卑屈になってしまい、意地悪な考えが浮かぶこともあるんです。
絶対今イヤな奴だよね、私。って思う瞬間も正直あります。
健康な人たちに対するイヤミな言葉が次々と頭に浮かぶこともあります。
これだけ読んだら
この人ってw ってなりますよね。笑
でも、病気も捉え方によっては優しい気持ちを持つ機会にもなるし、人の気持ちを昔より考えるようになったし、悪いことばかり、怖いことばかりではないのかもしれません。
(私の病気は子宮内膜症の一種の、子宮腺筋症なので、命に関わる病気のことに関しては綺麗事は言えません。)
だから、これからは捉え方を変えていかないといけないなと思います。
私にも家族以外にも大切だと思う人がちゃんといることとか、
ほかの健康な人がやっている努力とかプライベートの楽しみを比べたらきりがないから比べず、自分が出来ることをどれだけ精一杯できてるか、
それによってついてくる大切な関係があるとか、
そういう方を基本的にフォーカスして考えていかないとだなと思います。
悲しいことばかり考えて卑屈になってしまい、なりきってしまってから自分をチェンジするのは難しそう。笑
だから、見方を変える。
これを大切にしていきたいです。
結構当たり前のことなんだけどね、今までの私にはちょっと難しかった
もちろん、これからも病気から出る痛みや吐き気、今は漢方以外治療法がないからそれが効いてくるまでのしばらくは特に、症状に関して落ち込んだり泣いたりすることはあると思います。
また(病院に)夜間とかに運ばれるかもしれない…笑
これらの心配はホントーに常にあります…
そういうことがあるたびに、色んなことにチャレンジする勇気と自身をなくす…の繰り返しですから。
でも、そのせいで出来なくなってしまったことの残念さに当たり散らして卑屈になるのは違う気がします。
それって結局自分を責めることにもなるし、健康な人に対しても良い気持ちを持てなくなるから。