ちょっと反省 | 桃:英語大好きさんのブログ

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読んで下さりありがとうございます。
元々大好きな英語について書いていたブログですが、
今は持病である子宮内膜症について日々の闘病生活を中心に色々書いています。
よろしくお願いいたします。



先ほどのブログに、
見た目が健康なのに実は身体の病気を持っていてそれが他人に理解されないことで

相談しようと思った相手が若ければ若いほど相手に理解してもらうのは難しいと書きました。

ホントにね、もう、当たり前なんです、それは。

さっきも書いたけど病気に縁がない若い子に病気のことを想像させること自体に無理があるし酷だとも思うし。

もちろん若くても一生懸命相手の話を聞いて、理解してくれようとしてくれる子もいるのかもしれないけれど、聞いてくれなかったり、ちょっと傷つく言葉を返されることは仕方ないです。

だからこそさっき、若くて病気に苦しんでしまい、なおかつそれが理解されない病気なら自分と周りが歳を重ねるのを待ちませんか?って書きました。

ちょっと上から目線な書き方で、よくなかったかな?とも思いましたが待ってみるのもいいかもしれません。

私も待つしかないと思ってます。ホント上から目線な言い方でごめんなさいだけど。

でも、歳を重ねたからって理解しない人はしないです。たぶん。

そんな人はもういいじゃないですか?笑

その程度の人だったと思って、その人にはそれ以上自分の事情を話さないし、そういう人と友達関係を続ける必要はないかなと思います。

だから自分にも言えることだけど、

たった何人かの人に嫌なこと言われたり、理解ないこと言われたからって周りに友達がいなくなってしまうくらい言うのを避けて、逃げてしまうことないんだよねって。

私が後悔しているのは、絶対いたんだろうなってことです。

理解してくれる人が。今までに。

なのに避けちゃいました。会いたい人にもこちらから会おうと言えず、そのままですもん。

友達いない友達いないって書いちゃってるけど、

私のこういうことを踏まえて一緒にいてくれてたかもしれない友達、逃しちゃったんだとおもいます。

だからもう周りも自分も大体23歳だし理解ない人が多いんじゃなくて

過去のトラウマで自分が逃げてるだけなんです。たぶん。

病気の人だって友達はいますからね。いる人にはちゃんと。

だから「周りがいなくなったというより、自分が逃げた」が正しいのかも。

分かってるんだけどね…難しいですよね。