手術へ向けて〜優の歩

手術へ向けて〜優の歩

障害者2級
生まれつき、軟骨形成不全症で身長が116センチしかない
34歳
最大の決断をしないといけない時がきた

34年を振り返ってみます。

背骨の曲がりを真っ直ぐにする手術へ向けて〜

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7月16日検査入院の日

朝、両親と7時に出発し、10時前には着きました

受付を済ませ、案内されたC棟へ

受付からも売店からもかなり遠くて遠くて

売店には行けないなと確信した

部屋は4人部屋で2人がいました

2人ともいい人で

色々、電気の事とか教えてくれた

そしてはじめてのご飯

昼ごはんはカレーでした

まぁまぁのお味だったけど完食した

みんなさまざまな病気で
同室の2人は1割2割しか食べれないみたいで
久々に食べる人がきたって笑ってくれた

午後からはお風呂に入ってゆっくりしてたら

MRIですって呼び出し

久々のMRIは圧迫感と風で息ができなくなりブザーを鳴らした

風を止めてもらったら何とかいけそうだったんで再スタート

30分以上同じ姿勢で疲れが半端なかった


9時には就寝

電気は消していればテレビを見てても何も言われないと聞いていたが

疲れと明日の脊髄造影剤の緊張で9時には爆睡でした
小学校は同級生8人しかいなかった為、毎日みんなと話したし、みんな仲良かった

中学校は3つの小学校が一緒になり26人になった

みんな仲良かったけど

ここで親友ってやつを見つけてしまった

名前は【みな】

きっかけは

学習委員だったみなが

置き勉をする自分を取締からだった

帰っても勉強しないのにあんな重い教科書を全て持って帰らないといけなかった

こっそりどこかに隠して帰ってたらみなに見つかってそこから毎日帰る用意を見張られてた

たぶん仲良くなったのはそこからかな?

みんなどこかで手加減してくるのに
みなだけは蹴る、殴るが本気だった

本気でぶつかってくるみなに
どこか新鮮なものを感じた

喧嘩もいっぱいした!

逃げ足も早くなった


毎日帰ってからも電話したり、2人で悪いこともいっぱいした


みなと市内に買い物行ってる時
後ろ指指された時、みなは自分の事のように怒っていた
「クソガキ睨み返してやった」
って言ってた

嬉しかった!

みなと手を繋いで歩けば後ろ指はほとんどなかったからいつも手を繋いで歩いた   

ほんとは誰よりも優しいのに
それを表には出さない
厳しいオーラのみなが大好きだった



身長116センチしかないから車の免許なんて諦めていた

18歳になる頃、両手、両足のない乙武さんが免許取得しているドキュメンタリーがあった

それをみた両親はすぐに自動車学校に問い合わせてくれた
自動車学校に専用の車がない為、改造車を持ち込みだったら免許取得可能だと言われた

父親と一緒に仕事している人の息子さんがディーラーだった事もあり
話はトントンと進み、熊本に改造してくれる業者が来てくれて何度も打ち合わせをして半年後車が完成し、自動車学校へ通った

車はトヨタのヴィッツ

1000CC以下という条件があった

あまり長い距離歩く事ができない自分は行動範囲が広がる事に嬉しくて嬉しくて仕方なかった

車の値段+100万円

自動車学校に持ち込みの為、助席にブレーキも付いていた

両親は
「優にしてやれる最後の事」
って200万以上する車を買ってくれた

自動車学校では
経験したいって言ってくれる先生が多数いて、誰かの知り合いだった甲斐先生になった

まぐれにも仮免も本免も1発合格で
2ヶ月くらいで免許取得となった

両親の経済力と行動力に感謝しかなかった