横紋筋肉腫(おうもんきんにくしゅ)? | 強いぞ!ゆいちゃんマン~未分化肉腫との戦い~

強いぞ!ゆいちゃんマン~未分化肉腫との戦い~

2010年2月、生後8か月のとき、未分化肉腫という聞いたこともない病気が発覚し,1才6か月で天国へ旅立ってしまった娘の入院生活を振り返ってブログを書いています。

2月17日個室へ移動。クリーンルームにもなる個室だ。ゆいは この時寝ないし、痛みだるさでぐずぐず。大部屋では泣かさないように気を使ってたから、個室はありがたかった。



414号室この日から私たちの家になる。亡くなる1週間前まで   約10か月間ここで過ごすことになるとはこの時は思ってもいなかった。



414号室      


良いところ   トイレ、シャワー付。ついでにソファーベットもある。この部屋からだけドクターヘリの発着が見えるのが売りらしい。  414号4が多いのが気になるがゴロ合わせで「良いよ」だし、まあいいか。  



悪いところ   ナースステーションから一番遠い、一番端っこだ。だからどこに行くのも遠い。(オムツ捨てるとこも、給湯室も)クリーンの装置があるからせまい。そのため一番小さなベットに交換。



わがままは言えない。ここはホテルでもないし旅館でもない。  病院なんだから。それもタダだし。個室ってだけでも感謝しないと。




個室への引越しが終わり翌2月18日手術室で生検、骨髄穿刺、CVカテーテル挿入。これは小児外科が行う。




ゆいが手術室へ行くのは人生2回目だ。1回目はソケイヘルニアの手術の時。その時は生後1か月半だったこともあり全く泣かなかったが、今回は泣きまくった。手術室の扉の前で看護師さんにバトンタッチ。

(なぜ、せめてこどもだけでも麻酔で眠るまでそばにいさせてくれないのか。あの雰囲気は大人でもこわい)今回は私たち親もソケイヘルニアの時とは全然気持ちがちがった。




手術室に入って1時間くらいたった時、小児科の主治医MO先生とM先生が部屋にやってきた。




「今、手術室から腫瘍は横紋筋肉腫(おうもんきんにくしゅ)の  可能性が高いと連絡が入ったよ。病理検査で詳しくみないと正確にはわからないけど」




3時間くらいして手術室へ迎えに行った。ゆいは先生たちに囲まれて泣いていた。病室に戻っても看護師さんたちがいろいろするので泣いていた。顔はむくみ痛々しかった。




まずは横紋筋肉腫について知ることだ。医療事務をしてる時聞いたことはあったが、名前の通り筋肉のガンということしか知らなかった。



とりあえず部屋は、パソコンさえあればネットできる状態だが肝心のノートパソコンを持っていなかった。っていうかこのネット社会で私の家はパソコンもなければ、もちろんネットもつながってない。私の実家、兄弟の家も病院から近いが同じくネットとは無縁状態。ゆいはもちろん外出などできない。イコール私もだ。インターネットで調べて印刷してきてもらうのが一番手っ取り早い。一番最初に私の兄が頭に浮かんだ。確か兄は職場のパソコンで間に合っていると聞いたことがあった。印刷も自由だと。





速攻電話して、至急横紋筋肉腫について調べて資料をもってこいと指令をだした。夜、仕事帰りに持ってきてくれた。兄は浮かない顔をしていた。資料に一通り目を通したみたいだ。




まず最初に、がん情報サービスがだしている横紋筋肉腫の冊子を読んだ。愕然とした。