帰りがけに自転車を漕いでいたら、
見知らぬおばあさま方2人が、
オイラの5m手前で歩みを止めて、オイラを見ながらヒソヒソ。




オイラは無視して進むと、すれ違う時にオイラを指を指してヒソヒソ。





オイラは思わず「そこのお嬢様お二人、わたくしの事がどうかお気になさいましたか?」と言う言葉を、100倍下品にした言葉が頭をよぎったが、無視して帰った。






そもそもオイラはヒソヒソされる筋合いは無い。





確かにオイラの欠点は、欠点が無いことが欠点だが、そんなことでヒソヒソされても困る。






それか、ひょっとしてオイラの勘違いで、良い噂をされていたのだろうか?






確かに今日朝からずっとくしゃみが止まらないのは、影で皆がオイラの事を誉めちぎったからだろう。






そう言われると心当たりがある。










この前の舞踏会で、ガラスの靴を忘れてきてしまったのだが、その事を言っていたのだろう。








と言うことは、もうすぐしたら私のもとに、白馬に乗った王子様が来るんだ!











でも、オイラは男とは結婚したくないから、来たらガラスの靴を投げつけてやろう!





そしたら、国家反逆罪ではりつけの刑になるんだ!













なんか話にオチが無かったけど、とりあえず風邪を引いちまったから、温かいもの食べて寝よ。
今日、通学中に 道ばたで立ち話をしていた婆さん(推定70代後半)が







「いつまでも、お元気で」と言った。









恐らく立ち話の終わりの一言だったのだろうが、その一言が私の頭に残った。









それは
人は人生の終わりが近づくと、人はあたかも、自分はまだまだ死なないと意味を込めて『いつまでも』と言うのだ。







考えれば、我々若者は同年代との会話で「いつまでも」とは中々言わない。








言うのは、先が見えてるカップルくらいかな。









恐らくは、目の前に迫った死に対して目を背けているからこそこういう言葉が出てくるのだろう
(面と向かって死ねとは言えないけど)









この前統計が出てて、詳しい数字は忘れたけど、日本人に占める痴呆症の人数は




日本人の年間自殺者数の数倍から数十倍だそうだ。






と言うことは、これから団塊の世代がボケ年齢に達すると、

相当数のボケ団体が出来、

老人ホームが大盛況大にぎわい、

それにあわせてオレオレ詐欺の数も増えて、貯蓄を消費することでインフレが起こり景気が持ち直して良かった!

嬉しいな!

バンザーイ


では済まされない事態になるのは目に見えている







話は派生するが
そう言えば昔聞いた話に







「真冬の氷点下、老人ホームから抜け出した老人が、無事に生きて明け方見付かったが、着ていたのは薄い寝巻き一枚だった」と言う話だ。







本来哺乳類にとって体温の低下は、死との隣り合わせである。






しかしその痴呆老人は氷点下の中、薄着で徘徊をして15キロの道をさ迷っていたそうだ。







と言うことは、ボケると動物の本能さえも忘れてしまうと言うわけだ。









これを何かビジネスに役立てれば大儲けだと私は思う。





例えば「極寒の地のシベリアの開発にボケ老人50万人が送り出された」






まぁそんなことは無いだろうと思い、





昨日友人から借りた、若者研究の古市さんの本を読もうと思う。






明日晴れないかな。
どうして「交通経済」の授業で微分を使うのだ!!



私は全く理解できない。



さらに教授が片言の日本語を話す台湾人。



私は全く理解できない。




以上、ただの愚痴でした。

















あ~










ホットの缶コーヒーが美味しい季節になったな。