うつ病の悪化 | 疾走する女の本音

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私のうつ病はどんどん悪化していき、日常生活さえ難しくなっていった。

薬がやたらと増やされたこともあり、効きすぎているのか副作用のほうが多くなった。


今のように精神科での薬の処方について規制がなく、処方代で稼ごうとしている病院はいくらでもあった。
3分診療だけで、ろくに話も聞かず、どんどん薬を増やされた。



うつ病の患者は考える力が圧倒的に弱くなり、正常な判断ができない。ただただ毎日死ぬほど苦しいのだ。


正義の味方の医者がまさか、余計に症状を悪化させる薬を処方するなどと思わず、ただただすがるように処方された薬を飲むのだ。

この苦しみから逃れるために。

私は今でも、この時に通っていた精神科に対し思うことは多々あるけど、それはまたの機会に。


うつ病の人は正常な判断が難しいです。
できたら家族の人が一緒に病院につきそうことをお勧めします。

そして信頼できる先生を見つけてあげて下さい。それが一番難しいことだから。

この時の私は、寝る時には何種類もの眠剤を飲んだ。ハルシオンを含めとても強い薬ばかりだった。

朝起きれなくなった。
目覚ましをかけて、その音は聞こえて目が覚めるのに、身体が鉛のように重く、全くベッドから起き上がれないのだ。


まるで、麻酔薬をうたれたように、意識はあるのに自分の意思で身体が動かせない。

拷問を受けているようでした。

少しずつ、少しずつ身体を動かし、起き上がるころには1時間が経っていることが当たり前になっていきました。

会社に行くまでの電車も大変で、座ると途中で寝てしまうのです。
それも目が覚めません。
乗り過ごしたこともあり、なるべく座らないようにしました。


そして副作用でお腹を壊し、通勤途中で下車しトイレからでられないこともありました。

まともに会社にいくためには、ずいぶんと早起きをしないと無理だった。

会社に行ってからも席につくと知らないうちに寝てしまう。

もう、自分の身体のコントロールは全くできなくなっていました。

当然会社の人からは白い目で見られて、
「婦人科系の薬を飲んでるんじゃないか。いつも会社で寝ている」と会議で話されていることも人づてに聞いた。

成績も上がる訳がなく、どんどん店舗の移動をさせられた。
会社にいた1年で5カ所は移動になった。

横浜から千葉まで、移動距離もかなりあった。自宅から通えず、社員寮を用意してもらったこともあった。



通勤時間はどんどん長くなっていき、慣れない場所での寝泊まり。移動する度に新しい人間関係。
成績を求められる仕事。
どんどんどんどん、病状は悪化していった。

精神的には毎日死にたいと思っていた。
死んだほうがマシ。

喜怒哀楽は全くなく、うつ病と診断された3年間、私は何を見ても涙が出なかった。

嬉しい、楽しい、そんな感情は全くなく、ただただ苦しいだけの毎日だった。

本当に本当に限界だった。
会社は1年で退社した。
誰にも止められなかった。

淋しい退社だったけど、辞めた時には心からホッとした。

やっと何もしなくていいんだ、、と。