他の どんな事で困ろうと、金品の事に限っては 「何らかの障害がありますので…」とか言って済む事ではない。世の中で社会で そんな事は通らない。自分の 知的障害のある兄を見てきてるから‥私にはよくわかる。知的障害があり 障害者手帳もあるのに、見てくれや 挙動不審だからと 「絶対にチカンだ!」と電車やバスから引きずり降ろされた事など 兄は何度もあるのだ。警察に連れて行かれ 障害など全く無視した対応もされてきたのだ。兄はいまだに、仮面ライダーのグッズを集めたり ポケモンゲームに夢中になっている。 警察署で 恐怖のあまりただ泣きじゃくる兄に でも刑事は容赦しなかった。 それが現実だ‥ 養護学校にいた時は たまたま 周りに重度の方が多くて、母は年中「何でお宅がここに来るの?」と 父兄連中からネチネチいびられていた。 娘が、どんなであれ、完全に守られ許される場所なんてない事を 私は知ってるから‥。 継子でも やはり育ててりゃあ 一緒に暮らしてりゃあ 「いっそ死んでくれ」と正直思うような瞬間はある。ただそれは 継子だから ではないよ?あせる… 家族にどんなであれ 障害者がいたら 当たり前だと私は思う。それだけ 日々向き合ってるからこそそう思う。 気づけば、私の生活の中には必ず障害者がいたわけだ…。ずーっとそうだから、多少は色々 こっちも麻痺してるかもしれないけどねあせる だけど決して 「慣れる」事なんて ない。理屈や医療でどうにかなる事では ないのだ。 だからもう 言葉は出なかった。 たまたま、夜も仕事の旦那はんが帰宅していて 一部始終聞いていた。本当なら 夕食を食べ一休みして また出勤するところだが 旦那はんも 途方に暮れていた‥。けっきょく、15才になっても金品にだらしない娘に 旦那はんにとっては 前妻とかぶる感じももはや‥あるのだろうな、そんな感じだった。食事もとらず 「もう行かなきゃ」と席を立った旦那はん、おもむろに ゴミ袋を娘に渡して‥「学校や受験の物なんかみんな棄てろ! いいかげん 少しはちゃんと考えろ!お母さんどれだけ支えてくれたんだ!!」と 怒鳴って仕事に行ってしまった。 突っ立ったまま泣いてる娘。 「けっきょく、お金に関わるトラブルを起こしちゃうんだから 働きなさい」 私も 最後までこれしか言わなかった。