はぁ~7往復終わったぞ~(*´Д`)=з
痛いよ~・°・(ノД`)・°・
歩く疲れより視床痛の痛みの方が辛いゎ…
こんなことで歩く距離増えていくのかなぁ…
痛み止めが欲しいよ~(TωT)
最近の話ですが、
「神経関係の痛みの原因がわかったって、読売のネットニュースに出てるよ!」
と、メル友が教えてくれました。
で、急いで読みましたよ。
癌の末期に起きる痛みに関することみたいでした…
視床痛には関係ないっぽい…ですよね…
期待して読んだんですけど…
でも、癌を患っている人たちには朗報ですね!
喜ばしいことだと思います。
そうやって医療って進歩していくんですね。
私の痛みですが、一日の夜にピークを迎えます。
なもんで、酷い時は、
要らぬことを考えたり、マイナス思考に陥ったりしてしまいます。
そんなときだけでもいいから痛み止めが欲しいっ!(>_<)
昼間は気ぃ張って頑張るからぁ~(>_<)
視床痛にも医療の進歩、欲しいな…
視床痛だけでなく、たくさんの不治の病に医療の進歩を!!
心から待ち望んでいます。
なんて、考えている今日この頃…
でわ、記録を綴りたいと思います。
以前触れましたが、
あの病院で体験した、感覚についてのことと、気持ちの変化を…
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自分の手や足が動かない、そして感覚がないとゆうことは、
一般病棟に移って娘たちに再開したあとだろう…
段々と、目を覚ましている時間が長くなったきた頃…ぐらいだろうか…
なんとなく感じとってはいた。
存在感がないのだ。
不思議なことに、焦りや恐怖、失望。
これらは当初、全くなかった。
そのうち治るだろうと、ただの怪我のように軽く見ていたからであろうか…
それとも、深く考える力がその時の脳にはなかったからであろうか…
記憶に残ることといえば…
『早く治らないかなぁ~』
頭の中にはこれしかなかった。
いつだったか、車椅子に座っていると、父が来た。
私の後ろで、父は母と何やら話をしている。
全ての内容は解らなかったが、一つだけ耳を疑う、
驚愕すべき父のセリフがあった。
「大丈夫大丈夫。半年入院してリハビリすれば、
右がダメでも一人で生活できるようになるから」…
母を慰めるようなセリフだった。
『え?何言ってんの?半年?入院?右がダメでもってどうゆうこと?』
私の心臓はバクバクし始めた。
頭の中が熱くなっていくのがわかった。
聞きただしたい!
言葉にできない!
声が出ない!!
もどかしい気持ちを、湧き出る唾と一緒に飲み込んだ。
吐きそうだった…
それからだ。
ベッドに寝ている時も、車椅子に座っている時も…
必死で指を動かそうと努力した。
動かない指を見つめるのは辛かった…
何回も諦めかけた。
それが起きたのは、転院する間近のことであった。
なんと動いたのだ!
ピクッと…
ただピクッと…指が!
嬉しかった!
奇跡だと、先生は言った。
私は、先生に何でもいいからリハビリをして欲しい!今すぐにでも!
とりすがるように、懇願した。
先生はこう言い放った…
「ここはリハビリ病院じゃないからね。ごめんね」
悲しかった…
悔しかった…
だが、そこで終わりではなかったのだ。
なんと私は武者震いしたのだ。
先生のこの返事のおかげで、
私の中から“諦める”とゆう文字が消えたのだ。
固く誓った。
必ず動かす!と。
だが、それと共に“焦り”がどっと押し寄せたのは事実だ。
一刻も早くリハビリ病院へ転院したかった。
無理だと言われたこの手足を動かしたい!
娘たちに両手で料理を作ってあげたい!
自分の足で歩きたい!
早く!早く!早く!
そんな思いでいっぱいだった。
これが、
動かないとゆう現実に動揺し、失望し、
そして強い意志を持つまでになった過程である。
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リハビリ病院へ移った後も、動揺や失望の嵐でした。
でもくじけませんでした。
そのことについては、またいつの日か追い追い記録に残していきたいと思います。
今日の記録に出てきたお父さんの話を少し…
実は、私のお父さん…
今、癌の治療で入院しています。
食道がすべて癌です。
胃癌ならば考えたようですが、食道すべての癌では大手術になるそうです。
体力が持たないとゆう理由で、手術はせずに、
抗癌剤と放射線の治療とゆうことになりました。
リンパにも転移があるそうです。
なるようにしかなりません。
お母さんともそう話しています。
私がお父さんの為にしてあげられることは、
弱音を吐かず頑張って、いつも笑顔でいること。
それだけなんです…
お父さんは、とりあえず明日まで、辛い抗癌剤の副作用と闘います。
月曜日から始まった闘いです。
だから頑張ります!!!
私も!!!
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