こんばんわ。


「こいつ、全然更新してなかったな、もう飽きたのか?」と思った方もいらっしゃるだろうが、そういうわけではない。


ここに書くのを忘れていたが、このブログは私が些細な苛立ちや怒りを感じた時に書くようにしている。

つまり、ここ一週間私は特に取り上げるほどの嫌なことがなかったのだ。
それはとても良いことだ。

だからといって、ここをただのストレス解消の場としているわけでもない。

私は自分の心を冷静にするためにここに答えのないようなことを書き込んでいるのだ。
そこは勘違いしないでいただきたい。


今日も特にいいこともなく、悪いこともなく、私の世界では平凡に一日が終わろうとしていたのだ。

しかし先ほど母親に怒られてしまった。

内容はなんとまあ恥ずかしいことなのだが、この歳になって早く風呂に入れと言われ怒られたのだ。


最初は「入るよ」と言っていたのだが、ついつい小説に夢中になってしまい、気がつくと母は先に風呂に入っており、出てくるや否や鬼の形相で「先に入るって言ってたくせに、あんた待ってたらいつまでたっても風呂に入れないわ!」と言われた。

こういうことは私の家ではよくある事なのだが、母は未だに学習しない。

そして私も学習しない。


もちろん風呂に入ると言っておきながら先延ばしにする私にも非があるかもしれないが、母はいつも自分が風呂に入りたいのに私に先に風呂を進めてくるのだ。

「先に入るよ」と言ってくれさえすれば私も「はいどうぞ」と言うのに、言葉というのは難しいものだ。



そもそも私はひねくれているので、私を信じるほうが悪いのだと悪びれもなく思うようなやつなのだが、はっきり言ってこのような争いに良いも悪いもないのだ。

昔の私なら、「あぁ、全て私が悪いのだ。私に責任があるのだ。」などとほざいていただろうが、よくよく考えてみれば、相手はカッとなって私に怒りをぶつけている。
まるで怒られている私だけが悪いかのように。

そして怒られた方は反省する。
私が悪いのだと。


待て待て、冷静になって考えてみろ。

怒られている方が必ずしも悪いわけではないのだ。
逆に怒っている方が正しいと決まっているわけでもない。

つまりこの世に正しいことなどないのだ!


…と、ひねくれにひねくれを重ねた結果、今の私が出来たわけなのだが。

この私を作り上げたのは私の考えと、周りの大人たちだ。

矛盾だらけの、よくもまあ意味もわからないことでばかり叱りつけてくれた学校の先生方や地域の方々には感謝と失望しか出来ない。

今の私になったおかげで、物事を冷静(?)に、第三者の目線として見ることが出来るようになった。

けれどそのせいで、歳相応の考えを出来なくなったわけである。
歳相応の考えというのが私にはわからないのだが、簡単に言えば物事を純粋に楽しめなくなったのかもしれない。


だから私は、私を育てた大人たちに感謝をしているが、それと同時に憎しみを持っている、のかもしれない。





けれど、これも自分の個性だ。
仕方がない。