しばらくすぎるほど、ブログを書いていなかったのですが

また、自分のブラッシュアップのため書いてみようと思います。



結論から、話をすると本業の方にいる自分に違和感があります。

僕は、本当に僕らしく生きているのか?また、今のままこの場にいて、僕は僕らしく生きることができるのか
自分の中では、本当に大事な境地に立っているつもりでいます。
ということで、自分の歴史を辿っていました。なぜ今の会社にいるのか、今まで積み重ねてきているものは何なのか。
その辺を今までの僕を振り返りながら今ここにいる意味を考えていきたいと思います。

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~現在~
本業は、約40人ほど社員さんがいる家業でもあります。僕の父親は、その会社の社長で2代目にあたり50年近い歴史のある会社です。
僕は約30年前その家の長男として産まれました。
当時、初代のおじいちゃんは三代目が産まれたと大変喜んだそうです。
すでに糖尿病の病に侵されていたおじいちゃんは、僕が物心つく前に、この世を去りました。
どんな人だったか?と聞くと人とは違う事をする変な人だった と聞いております。(笑)
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時がたち少年時代の僕ですがそこら辺にいるただのガキんちょと一緒のような感じでした。
近所に悪さもしにいくし、学校でも何かしらやりすぎてよく会議室に呼ばれて説教されていました。
皆とは違う点があるとすれば、「社長の息子」「次期社長」「金持ち」など周りの人から良く言われていたのを覚えています。
普通なら、嫌がることかもしれませんが僕は全然気にしておらず、むしろ鼻を高くする時もあったように思います(笑)
地元は田舎町なので、少しお金があるように見えると目立っていたのでしょう、、、

それと同時にですが、父親は入退院を繰り返す車いす生活を余儀なくされた経営者でした。
入院をしまくっているか、退院をすれば仕事をしまくっているかって方です。
当時の僕としては、父親の入院期間が大変、辛かった記憶があります。僕だけでなく「祖母、母親、姉、妹」家族全員の心には「不安」が付きものでした。
そんな父親ですが、退院をしている休みの日にはよく旅行に連れってくれました。遠いところまで一人で運転し、美味しいご飯を食べさせてくれました。
出かけると、必ずと言って良いほど車いすは目立ちました。
そういう環境もあり、「目立つ」ということ関して幼き頃から英才教育を受けてきたように思います。(笑)
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ここまでが幼少期編です。
「長男」として産まれた僕幼少期から「社長の息子」と呼ばれ家業を継ぐことを意識し続け成長していました。
一方で家庭環境は、「父親が入退院を繰り返す車いす生活をする経営者」祖母、母親を含め僕たち姉弟三人は「メンタル面で不安定な環境」で育ちました。
そういうこともあり家族全員が揃う時が「ある意味、豊な時間」を過ごせていたのかもしれません。

次回は少し遡り社会人のお話をまとめてみます!
お読み頂きありがとうございます!!