映画館、郷愁 その10
映画館、郷愁 その10 でも、そんな故郷の映画館とも別れることになったのは、上京したためだ。 まあ、ぼくは浪人してたから、浪人中は名古屋の市内にある名画座と生まれ育った町の独立館とを半々くらいかな、観るようになってた。そういうところからすれば、高校時代の鑑賞の仕方とはちょっと変わった。 もちろん、たとえば『八つ墓村』や『犬神家の一族』のようにおもいきり期待した映画は名古屋の封切り館まで観に行ったんだけど、でも、高校時代はさすがに名古屋の名画座には足を踏み入れなかった。あ、けど、3度だけ行ったかな。 高校2年のときだった。新聞で、名古屋のミリオン座というところで黒澤明の『白痴』っていう映画を上映するっていう記事を読んだ。なんでも松竹の倉庫からカットしたはずの映画が発見されたとかされないとか、そんな記事で、それを記念したものか、とにかく『白痴』を上映するらしい。それも、とてつもない長さで、前後編に分かれているとかいう。 なんだか、ものすごく興奮した。 これはただごとじゃないぞ、と。 もう行くしかなくて、とにかく名古屋まで行き、生まれて初めてミリオン座に入った。当時、ミリオン座は封切り館でもあったし、単館ロードショー館でもあったし、このときのような名画座でもあった。とにかく、独立した劇場だった。『白痴』は凄かった。 たぶん、これが僕の黒澤明の初体験だったんだとおもうんだけど、いやもう、ものすごい衝撃で、ああ、これが映画なんだなっておもった。おもったどころか、2回観た。当時は、すでに書いたかもしれないけど、1度もぎりで半券をもらえば一日中だって観ていられた。だから、2度、観た。 8時間以上、館内に居たことになる。 でも、足りなかった。 まだ、観たかった。 ここで『白痴』について語ったところでページがもったいないからやめるけど、それくらい、高校生の僕にはハンマーでぶん殴られたような感じがして、それが引き金になって、ドストエフスキーをつぎつぎに読み漁ることになっちゃった。緑色のドストエフスキー全集が欲しかったんだけど、新潮文庫の青っぽい背表紙しか買えなかった。でも、浪人中、河合塾に通いながら、ドストエフスキーを読み耽ってた。 浪人中、もうひとつ、すごい映画に出くわした。 やっぱり黒澤明で『七人の侍』のリバイバルだった。 こちらは、名鉄東宝で観た。 いやもう、度肝を抜かれた。 たぶん、この2本がその後のぼくの生活を変えちゃったんじゃないかな~。 で、もう1本の映画は、黒澤の助監督も経験してたんじゃないかって憶えがあるんだけど、堀川弘道の『翼は心につけて』っていう独立系にかかるような低予算映画で、フランキー堺と香川京子が出てた。このふたりの娘役で石田えりがデビューした。今でもかなり克明に憶えてるわ。ま、でも、中身については触れずにおこう。 あ、でも、主題歌についてはちょっと書いとく。主題歌は映画の題名から取られたものか偶然なのかは知らないけど、とにかく『翼は心につけて』で、まあ、原作があるから、この歌があったから映画が作られたってわけじゃないんだろう。もちろん、くわしいいきさつは知らない。で、挿入歌が『翼をください』だった。 歌ってたのは『横井久美子、星久とウィングス』て資料にはあるんだけど、僕の鼓膜に残ってるのは横井久美子の高音だ。あ、でも、あれか、この歌を最初に歌って大ヒットしたのは赤い鳥かな。 てことは、横井久美子のバージョンはカバーだったってことかな。まあそのあたりの経緯はよくわかんないけど、とにかくこの挿入歌は誰もが知ってる歌だった。 いや、実際、こんなこともあった。当時、ぼくの通ってた高校は合唱大会があって、課題曲がこの『翼をください』だった。だから、もう、嫌っていうほど歌わされたものだ。 だから、そんなこともあって、この歌が挿入歌になってる映画があるってんで観に行ったってわけでもないだろうけど、観た理由は忘れた。 でも、あれよね、ちょっと前の人達は『翼をください』っていうと『ヱヴァンゲリヲン』なのかしらね? まあ、名古屋で映画を観るっていうのは、草深い田舎に住んでた僕にはなかなかできないことで、そのあたりの映画を観たくらいしか、たしかな記憶はない。たぶん『メリー・ポピンズ』も観てるんだけど、高校を卒業するまでにはそれくらいだ。 ところが、浪人中はほとんど毎週のように名古屋の名画座に居た。ミリオン座のほかには駅裏の名画座や納屋橋の名画座、あるいは日本ヘラルド本社の一階にあった名画座とか、もう、そのあたりの劇場に入り浸ってた。 こんなんじゃろくな大学には入れないわけで、実際、その程度の受験結果だった。 そりゃそうで、浪人中に、もはや映画に狂っちゃったわけで、もちろん、それは黒澤明に出会ってしまったこともあるんだけど、もう1本、心をゆさぶられる体験しちゃったこともある。そう、ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』だ。浪人したその春に『スター・ウォーズ』に出会っちゃうなんて、もはや、大学受験はあきらめるしかないような体験で、受験勉強よりも映画鑑賞に走るしかなかった。 こんなふうにして、ぼくの映画体験は完全無欠の現実逃避でしかなかった。 高校時代も、浪人時代も、大学時代もすべてが現実逃避の日々だったんだよね。 困ったもんだw