夏休みに合同研究会で発表する予定の「大造じいさんとガン」の提案授業が始まりました。1人学習に近い授業形態をとっています。今日は「秋の日が、美しくかがやいていました。」という情景描写がある第1場面で意見交流しました。
「秋の日が、美しくかがやいていました。」という表現からは「大造じいさんが成功しそうということを表している」「大造じいさんの高揚感」「大造じいさんの心の中」「大造じいさんの気持ち」「大造じいさんがかがやいて見える」「大造じいさんの希望」「空も自分を応援している」等々と,この一カ所だけでたくさんの感じたことを出してくれました。驚いたことは,「秋の日が,美しくかがやいていました。」は明るく,その次にある文章の「じいさんがぬま地にすがたを現すと、大きな羽音とともに、ガンの大群が飛び立ちました。」は飛び立ったガンによって空が暗くなる,という風に明と暗を対比させて捉えている子どもの発想には驚きました。結局,その作戦は1回目に成功して,2回目は失敗しているので,それも文章表現の中で暗示されているというわけです。深い意見だと思います。
私が今回の学習形態で心配していたことは,子ども達に委ねる部分が授業の中で割合として大きくなるので,教師の側が感じてほしい部分をきちんと捉えてくれるか,また,議論できるかということでした。(教師の側の強引な誘導では,子ども達自身による思考の自由性が損なわれてしまいます。)今回の授業の中では,私が言わなくとも自然に情景描写を大造じいさんの心情と結びつけて捉えられていて,それを更に発展させるような意見も出たということは非常によかったと感じました。
今日は26人中14人の発表がありました。お客さんを作らないようにすることと、もっと意見交流を活発にして読み深めていくことが課題です。まだまだクライマックスは先なので、試行錯誤で楽しんでいきたいと思います。