切迫早産~入院生活MFICU~ | ゆうちゃんに逢えた0.03%の奇跡

ゆうちゃんに逢えた0.03%の奇跡

わが家に可愛い息子がやってきました。
生まれるまでにたくさんの事がありました。
NT,新出生前診断,巨大膀胱…
誰かの為になるなら…心の整理をしたい、息子が私達のもとに生まれてくれた事を一人でも多くの方に知ってほしいと思いブログを始める事にしました。

妊婦30週。
入院生活が始まりました。
部屋は大部屋で4人。みんな双子、けい癌術後などでしたが切迫なのは同じでした。

私はというと張り止めの点滴を勧められましたが、点滴をしてしまうとなかなかはずせず退院は難しいと言われたのでウテメリンを内服して様子をみることになりました。
行動範囲は病棟内、移動は車椅子。

…が2日後には「これまで希望されていたので内服でみてきたけどもう限界です。点滴してもいいかな?」と。
内服で張りをおさえることはできませんでした。 

この日から点滴でウテメリンが始まりましたが、日に日にその量は増えていき最終的にはMAX量までいきました。
副作用は入院前に初めてウテメリンを内服したときは動悸がひどく手のしびれもひどかったのですが、この時は体が慣れていたせいか大丈夫でした。

最初は入浴も禁でしたが入院のストレスが爆発し研修医ではなく上級医に直接伝えるとあっさり「いいんでない」と口笛

1週間おきにエコーをしていました。

『今入院してあえる人の中で一番お腹が張っている患者』というレッテルを貼られ、病室の人たちとも楽しく過ごしていましたが私たちが恐れていたのは
MFICU

ここはもっとも安静にし入院管理が必要な妊婦さんが入る部屋です。
たしか3~4床くらいでした。
この部屋はきまりで2週間までしか入ることはできません。
診療報酬がたくさんとれるのでいつでも満室との噂もありました。

次に狙われてるのは〇号室の誰々だなどと噂をされるほどです。

ある日、ついに私にも声がかかりましたガーン
部屋の人たちは苦笑いニヤリ

この部屋に移ってからは、この部屋さえ出てはいけず一直線に並んだベッドはすべてカーテンでしきられ外は建物空さえみえませんでした。
しまいには面会は一日30分まで。週末2時間半かけて面会に来てくれる旦那にも。

うぉ~
ぶちぎれました。泣きました。

こんなに頑張って唯一思いを共有できる旦那が癒しなのに、あれもだめこれもだめ。
こんな部屋に来る前は大丈夫だったのにムキー
と看護師さんに当たり散らしました。

相談した結果空いている個室へベッド移動し面会していいと。
だったらずっと個室においてくれりゃーいいのに。

私のへたくそな文面だと伝わないですがとにかくつらいMFICU生活でした。

そしてようやく出産予定日が。
37週4日、羊水量が多く最後までぐるぐるまわり逆子だったので帝王切開に決まりました。

でも予定はあくまでも予定。
赤ちゃんのタイミングがあったようです。