生まれてごめんなさい
出来損なってごめんなさい
謝ります…謝ります…
何度だって謝ります
謝りますから嫌わないで
嫌わないでください
望むなら何でもします
いい子になります
もう泣きません
もう怒りません
うるさく騒ぎもしません
だから嫌わないで
ずっと笑いますから
言う事を聞きますから
お願いします
そんな目で見ないで
蔑まないで
僕を捨てないで
ここにいさせて
どうして…どうして…
許されない
愛してくれない
愛されない
こんな僕なんか…
いらない
 
「道化師の地下室へようこそ」
 
ピエロのような白い仮面を付け、椅子に拘束された男の前に立つこの部屋の主は甲高いザラザラとした声をしていた。
おそらく仮面の裏にボイスチェンジャーを仕込んでいるのだろう。機械特有の無機質さがある。
 
おおげさに手を広げて、お辞儀をするピエロの姿は、どこか相手を小馬鹿にしている様で不愉快なものだ。
 
「あんた誰だ…」
 
拘束という非日常を受けながらも男はどっしりと構え、落ち着いた声で話しだした。見た目は頼りないが胆は座っているらしい。
 
「名前はないのです。だから名乗れない」
 
「ふざけてるのか?」
 
男は腕を動かしてガチャガチャと枷を鳴らす
外れそうにないと分かったのか目の前のピエロを睨みつける。
 
「これ外せ」
 
「いいねぇ~その強気な態度…実に男らしい」
 
「ふざけるな。すぐにこれ外せ」 
 
「いやだね。あんたを放したらそこで終わり。それじゃあつまんないよ」
 
睨みつける男に対してピエロは終始ゆらゆらと揺れながら楽しげにしている。
足元がおぼつかず、前後左右に動いている。 
あんまりゆらゆらしているから見ているこっちが酔いそうなくらいだ。
 
「そうだな~」
 
ゆらゆらと、ふらふらとしながらピエロは喋る。
 
「道化師と…お呼び下さいませ。お客様」
 
「道化師?」
 
男はいぶかしげに聞き返した。眉を寄せ困惑する。
 
「そう、道化師と。僕はずっとずっとず~と…道化を演じていますから」
 
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
 
男は怒気を込めた言葉をぶつけるが道化師は相変わらずゆらゆらと落ち着きなく揺れている。
 
「マジメもマジメ、大まじめ」
 
鼻歌さえ歌いはじめた道化師はズボンのポケットからゆっくりとナイフを取り出した。
 
「ふざけた遊びでこんな事しないっ…」
 
しゃべり終わると同時に、道化師はふらつきを反動に変えて素早く男に飛びつくと喉にナイフを滑らせた
 
「なっ…」
 
「大丈夫…ちょっと薄皮一枚切っただけ…」
 
耳元で囁く機械仕掛けの声は、興奮でかすれているようにも冷徹に相手を探っているようにも聞こえる。
 
喉からしたたる血に濡れるTシャツからは強い鉄の匂いが漂い、地下室を満たしていった。
 
部屋には電話とコンポ
スタンド型のライトが一つ少なくはない本たち
全てが床に置いてある
 
いるのは青年というべき年頃の男性
 
窓からは夜明けの気配が伝わってくるが寄り掛かる壁も座った床も夜の冷たさが残ったままだ
 
落ち窪んだ目
渇いた唇
骨張った体
青年からは生気を感じない
だが、死への恐怖も纏ってはいない
あるのは静かに透き通った目だけだ
 
生まれてからすぐに医者に宣告を受けた
 
二十歳まで生きられない
 
薬と意志でここまで生き延びたが、どうやらじきに幕は引かれる様だ
このところ食べていない
食べたいと思わない
食べることは生きること
それができない
 
しかし青年は怖くなかった
宣告は自由に生きる為の引き金になった
いつも隣には当たり前に死があった
 
そのうちに生きることは死ぬことだと考えるようになった
死を生の一部と考えればそれはもはや恐怖ではない
むしろ日が昇り沈むのと同様に当たり前のことだ
 
専門の施設にも入れたが青年はそれを拒み一人で暮らした
気になるのは残していく身近な人達が泣くだろうなということくらい
自分なりに誠意は尽くしたし仕方ないなと思う
 
青年は誰かに看取られたくはなかった
自分の死を誰かに背負わせたくはなかった
最後の我が儘だ
そして愚かなるエゴ
 
ちらりと重なる本をみた
お気に入りの文章を思い出す
 
あぁ最後に読みたいな
 
力無く腕を伸ばし
だが本には届かず
腕は床に落とされる