本年秋に正殿復興を目指す、沖縄のアイデンティティーの象徴、王宮・首里城。
那覇市首里金城町1-2 「首里城公園」
かつて海外貿易の拠点だった、那覇港を見下ろす丘陵地にあった王城・首里城(現・首里城公園)
令和元年の火災で焼失したあと、令和4年11月に復元工事が始まり、この令和7年10月、正殿外観の工事が完了し、10月末それまで覆っていた「素屋根」が撤去され、琉球独自の勇壮たる意匠が6年ぶりに表れた。
外装には弁柄色(べんがらいろ)と呼ばれる、赤褐色の天然顔料が用いられ、鮮やかに塗られた正殿正面の「向拝」が際立つ。 また向拝には極彩色の装飾も施されている。
見せる復興として、現在地を伝えるパネルが、ぐるりと囲むフェンスの各所に展示公開されていて、今までの復興の過程を事細かに知ることが出来る。
正殿の復元完成は本年秋ごろの予定だが、完成後も北殿・南殿などの復元が予定されており、復興の道のりはまだまだ続く。
その時を静かに待つ「守礼門」 中国風の牌楼(はいろう)様式を取り入れた装飾的な木造建築で、琉球赤瓦の屋根が特徴的。 なお2000円札のデザインにも採用されたことも、記憶に新しい。
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琉球王朝の栄華を今に伝える、モザイク状に敷き詰められた石畳の古道。
那覇市首里金城町2丁目 「首里金城町石畳道」
金城町石畳道は、首里城公園の南側斜面に位置し、14世紀から19世紀にかけて栄えた、琉球王朝時代の城下町であった金城町にある。
当時は首里城から豊見城城をへて那覇港まで、約9㌔も続いた街道で、その一部が戦争や時代の流れを経てもなお、人々の生活の一部となり支えている。
金城大樋川毛跡(キンジョウウフ ヒージャーモーアト)
琉球石灰岩でできた石畳を、散策している途中にある金城大樋川毛跡に建つ、金城村屋。 元々石畳を通る人々や、馬の休憩所として使われていたエリアで、今も町の公民館としてイベント等に利用されている。
もちろん観光客の休憩場所としても開放されており、部屋で一息入れることができる。
金城村屋のすぐ隣りに、威風堂々と聳え立つガジュマルの大木。 精霊キジムナーが宿るご神木として親しまれ、 長い年月をかけ成長した太い根と枝が絡み合い、独特の神秘的な雰囲気醸し出す。 レースのように長く垂れる根は気根で、ときおり風に揺れるさまは、精霊が囁きかけているようにも見える。










