ドラマ「三国」も佳境をむかえ、後数話を残すのみで、この連休中にも見終えてしまう。
全体的に見ると、今回のドラマは基になった演義の主人公「蜀・劉備」ではなく、「魏・曹操」を主人公として扱っているように思える。
中国とて日本同様「判官びいき」的なところがあり、強国・魏より、劣勢な蜀に肩入れする気質がある。 しかし近年、曹操の政治家・軍略家・文化人としての評価が見直されつつあり、特に文化人として、現在まで伝えられる数多くの「漢詩」を読むと、その際立つ才は中国文化人の中でも、指折りに数えられる。(曹操の子・曹植も同様に評価が高い)
才能だけでなく、考えてみると、戦国時代に詩を読みたしなむ事が出来るのは、「余裕」がある証拠であるといえる。 戦いに明け暮れていたら、その様な時間も無いはずで、他では諸葛亮が琴をたしなむ程度としか聞いた事がない。(これもはっきり、琴をたしなんでいた、と言えないが)
これは残されている書類の数にも表れており、魏は結構当時の記述が残っているが、蜀は殆ど無く、呉はまあまあ残っていることから見ても、内政的にも魏は安定していたと思われる。(邪馬台国の記述があるのも・魏の書である)
もう一つ忘れてならないのは、私たちは「現代」の感覚で戦争を捉えているが、2世紀近く前に、何万の兵士が中国全土を移動し戦争する、、、とっても大変だし、そんなに激戦があったのか、、、
前述のとおり、魏は大国で余裕があり、しかも中原(古代の中国は・中原近辺のみ中国と言った)を制し、呉も蜀も辺境の地にあり人口、生産性も悪い、とくれば、普通に考えると、何か南の辺境の地を「呉」だか「蜀」だか勝手に名乗ってちょっかいを掛けている、、、って言うのが本当の姿だったかも知れません。
最後は何だかロマンのない話になったけど、これは日本史でも同じこと、史実と物語が混在し、それを分かった上で、個々が楽しめば良いだけのことなのです。
全体的に見ると、今回のドラマは基になった演義の主人公「蜀・劉備」ではなく、「魏・曹操」を主人公として扱っているように思える。
中国とて日本同様「判官びいき」的なところがあり、強国・魏より、劣勢な蜀に肩入れする気質がある。 しかし近年、曹操の政治家・軍略家・文化人としての評価が見直されつつあり、特に文化人として、現在まで伝えられる数多くの「漢詩」を読むと、その際立つ才は中国文化人の中でも、指折りに数えられる。(曹操の子・曹植も同様に評価が高い)
才能だけでなく、考えてみると、戦国時代に詩を読みたしなむ事が出来るのは、「余裕」がある証拠であるといえる。 戦いに明け暮れていたら、その様な時間も無いはずで、他では諸葛亮が琴をたしなむ程度としか聞いた事がない。(これもはっきり、琴をたしなんでいた、と言えないが)
これは残されている書類の数にも表れており、魏は結構当時の記述が残っているが、蜀は殆ど無く、呉はまあまあ残っていることから見ても、内政的にも魏は安定していたと思われる。(邪馬台国の記述があるのも・魏の書である)
もう一つ忘れてならないのは、私たちは「現代」の感覚で戦争を捉えているが、2世紀近く前に、何万の兵士が中国全土を移動し戦争する、、、とっても大変だし、そんなに激戦があったのか、、、
前述のとおり、魏は大国で余裕があり、しかも中原(古代の中国は・中原近辺のみ中国と言った)を制し、呉も蜀も辺境の地にあり人口、生産性も悪い、とくれば、普通に考えると、何か南の辺境の地を「呉」だか「蜀」だか勝手に名乗ってちょっかいを掛けている、、、って言うのが本当の姿だったかも知れません。
最後は何だかロマンのない話になったけど、これは日本史でも同じこと、史実と物語が混在し、それを分かった上で、個々が楽しめば良いだけのことなのです。