「南6丁目夏祭り」の続きを。

今回「金魚すくい」をする事を先日お話ししました。
これは僕の発案ではなく、実は同じ町内のKさんからの依頼によるものです。

今からさかのぼる事7.8年前。
同祭りの、遊びコーナーで、「金魚すくい」をKさんがしようと提案したところ、住民の一部から「生き物を粗末にして、、」「教育上良くない、、」等々「お叱り」を受け断念したとの事。
未だにその時の悔しさが忘れれず、「下爺なら、しっかりと反論し、行動してくれるだろう」と今回依頼を受けたのです。

「金魚すくい」は日本の伝統文化であり、誰しも小さいとき、夜店で行った経験があるはず。 それを前出の様な「コジツケ」が出るのも、始末に困るための一種の親のエゴによる言葉以外に無い。

生き物に触れる、育てる。 危ういものであるが故に、「生と死の微妙な間」が分り、死に触れてこそ「生きる事」の大切さが分る。
今の教育に欠けている「体感」、身をもって知る事の必要性が分っていない。 頭だけで「分ったふり」をしている現在の子ども達の危うさを全く分っていない。

小さな金魚から学ぶ事の出来る「生と死」。 勉強とスポーツだけが教育ではない、人間の根本を知る事こそ始めに置かなければならないもの。 それを是非分ってほしい。


とここまで書いたら、金魚屋さんよりメールが届きました。 金魚を明日発送します、と。
遠く奈良県大和郡山市からやってきます。 本当に今から楽しみです。
ちなみに、金魚すくいは1回50円。 掬えなくても最低2匹は差し上げます。
金魚と一緒に「金魚と友達になろう!」と言う育て方のメモを渡します。 小さい生物にも「命」がある。 それを分ってほしいので、そうする事に決めました。