子宮平滑筋肉腫だそうです。 -3ページ目

子宮平滑筋肉腫だそうです。

2021年7月に子宮筋腫治療中に腫瘤増大で手術、ステージ1b。8月に仕事復帰して化学療法を両立していたところ10月に多発性肺転移。病理結果は高異型度内膜間質肉腫→平滑筋肉腫へ。その後リンパ節転移、腹膜播種。休職中。要支援2。息子とインコと暮らすひとり親家庭です。

放射線を10回連続で受けて、そのまま主治医のいる病院へ転院しました。


もう元には戻らないのが自分でわかるくらい、急に悪くなってしまいました。


でも命の残りが間に合えば、緩和ケア病院に転院します。


死はちょっとずつ、突然に四方からやってきました。急に体力がなくなってきて。死ぬほどの苦しみがやってきて、いつも見えているものが違ってきて。


最後にヨンデリスを受けたかったけど、そんなパワーはどこにも残っていないのを全身が伝えてくれるくらいに弱ってしまいました。


こんな終わり方もあるのね 無気力


歩いて入院したのに車椅子で出てきて、まだかろうじて歩けていたのに、次に出て行くときはストレッチャーになりそう。でも、体がもてば緩和ケア病院に入りたい。


ところで、

鎮静を提案されていますネガティブ


これをしちゃったら、搬送などにおいて危険になるので、鎮静した医療機関で臨終を迎えることになるそうです。


主治医から、呼吸の苦しさで朦朧としているときに鎮静を提案されたときは、疑問を持たないくらい素直に「はい」と返事をしました。その時はそれくらい、もう明日も見えなかった。


その夜からモルヒネとステロイドを使いはじめて、呼吸苦はかなり休まっていますし、痛みはなく、よく眠れています。


ということで、一足お先に失礼しようと思います。


ブロ友さんたちにたくさんの元気をいただいて頑張ってこられました!


自分から最期を選ぶことも、少しはできているかな? と思います。

amebloを始めたころ、そういう終わり方もあるんですよ、その時は迎えに行きますよ、と最期のブログに書いてくださっていたフランスから、モフモフのわんこのカシューさんと発信して今年の2月に亡くなられた pommier さんのブログを思い出しました。


pommier さんはフランスで乳がんを経て、がん肉腫にかかり、繰り返し抗がん剤を受けて闘い、最後はカシューさんの突然の死の後に、治療をおやめになりました。


私はドキソルビシンを始めたばかりで、そんなことは考えることもできなかったのですが、この強くて優しいブログを忘れることができませんでした。


1人に見えても、1人じゃないんですね、という気持ちを初めてもらえたブログでした。


いま、いちばん悩ましいのが鎮静。

鎮静を受けるかどうかも、1人きりで決めるものではないそうです。


意識が飛ぶほどに苦しんでしまったとき。せん妄を起こしたとき。


本人の希望があれば、家族、主治医、看護師さんたちの意見や合意で鎮静を決めることもできるそうです。


そして、緩和ケア病院へ転院するというだけの、体力さえあれば小さな山を越えるようなことが、最期の心残り。もう体力のない私にとって、どれだけ辛いのかわかりませんが…、息子や両親の望みが叶うことを願っています。


今日は、息子と両親が来てくれたので、このブログを書き上げることもできましたニコニコ 私はまだ、偉そうに甘えてる、でもこれが私だともわかりました。


もしも鎮静を始めても、それで死ぬ訳ではないし、とにかく、もう書き続ける力がないので、応援してくださった皆さまにお礼をするとともに、お別れです。


さようなら 昇天

なんだか朦朧とします。

たくさんのお礼を、たくさんの心の花💐に添えて。


なお、今回は、コメントをいただけたらぜひ読みたいし、読むことはできるかもしれませんが、返すことはできません にっこり






もう一回帰りたかったよー爆笑