改めて思う障害者枠雇用とは | 下腿義足 ティグレの獅子吼

下腿義足 ティグレの獅子吼

2015年 3月 左膝下切断
同年 5月 PTB式義足使用
現在は、protheflex system で作った恐ろしく快適なソケットを使用して傷・怪我と無縁の毎日を過ごしつつ
個人的見解・独断・偏見で書いてます

障害者枠雇用の就労
このブログで何度か触れています
就労して数カ月経って思う事

発達障害、知的障害、精神障害の同僚達
その方達とは別に
身体障害者の正規雇用社員
片麻痺、車椅子、装具使用者がいます
が・・・
障害者枠雇用の中に
私のような義足使用者(身障者)が近年
採用されていなかったので
支援員と呼ばれる職員も
私の扱い方が分からない・・・
身障者にどう接すればいいのか分からない

身障者への対応を熟知している職員がいたとしても、配置転換してしまえば・・・

現在の支援員は身障者に対して
取説マニュアルが無いので
話し合いながら
義足でも できる事、できない事
手探り中で進めています
(あくまでも、私の場合の扱い方マニュアル
次回、新たに身障者が採用されたら
その障害度合いでの扱い方マニュアルを必然的に作成する事になります)

それはそれとして・・・

去年から研修職員として就労している
発達障害、知的障害の
数人の先輩たちがいるのです

その中の1人
配属先が決まり、体験就労に行っている方が
2日ぶりに障害者枠研修の職場に戻って来たのですが
体験就労が相当なストレスだったらしく
体調を崩し昼で早退

環境の変化、見知らぬ人達に囲まれる状況に
脳と精神に負担がかかり
身体が疲れ果ててしまった

改めて思ったのです

そんなんで働く事が続けられるのかな?
何がどうなって体調を崩すの?

同じ職場で働く前の自分なら
そう感じていたかも
理解が及ばないんです
精神に障害が有るって事がどういう事なのかが

と、言うよりも
精神に障害を持つ人を理解しようとも思わなかった・・・

少し前に起きた
相模原障害者施設殺人
意思疎通のできない重度の障害者は不幸かつ社会に不要な存在であるため、重度障害者を『安楽死』させれば世界平和につながる」という思想

この事件の加害者のような偏狭でネジ曲がった考えは微塵も持ち合わせていませんが
理解しようとか、寄り添うって事はしてこなかったのは事実

同僚は、比較的軽度の障害
かと言って、健常者同士のような意志の疎通が可能なのか?
と、問われたら・・・それは・・・ちょっと

でも
健常者の中にも障害では?と感じられる事が
多々有りませんか?

空気が読めない人
約束を守れない人
嘘を平気で言う人

確かに、障害が有る人は
自分の都合だけで話し掛けてくる

約束を守れないのではなく
記憶から消えてしまう

ですが

嘘は言いません
言えたとしても、幼稚な誤魔化し程度
感の鈍い人でも見抜ける

それに
人を傷つける嘘を言いません
人を騙す嘘を言いません
自己保身が先の健常者のような振る舞いもしない

与えられた仕事を過集中になり
体調が崩れるそうになるほど
真面目に取り組みます

ただ
応用が出来ない
状況判断、状況変化などを見ながら
作業を進めるのが苦手
分からなくなり手が止まってしまうのですが
順を追って説明すると
何事もなく仕事を続けられるのです

日常会話、無駄話しをしてると
(この人の何処に障害があるの?)
と、思ってしまいますが
突然、頭の中に浮かんだ事や思い出した事、思いついた事を言葉や行動に移さないと
いてもたってもいられず
不安感や負の感情に支配されてしまいパニックに・・・

子供のような・・・
純粋すぎる・・・
数カ月、一緒に働いていて
そう思えて来てます

時には、共に働くことが重く感じてしまう事も有リますョ

でもね
義足の私を気遣う言葉、行動を見せてくれる同僚が愛おしく感じる事も多々有るのです

精神障害、発達障害、知的障害の人達は
こだわりが強い・・・
そう受け止め、理解すると
目に見えない隔たりなんか消えてしまいます
壁が消え去る事に気が付きました

補足として
障害者枠雇用の中に
身体障害者は余り含まれていない感が有る・・
身体障害者も障害者のカテゴリーに入っているんですけどね

何気に違和感
何気に不思議な世の福祉社会の構図。