嘘でしょと今でも思う。
この闘病期間中、第一志望の公立高校受験したのです。もちろん勉強なんて全くできてない。それでも受験することは本人が譲らず。
朝は会場まで送った。
今まで昼まで起きられない人が早起きしての受験。途中電車の中で調子悪くなり、ホームに降りて号泣。担任の先生に電話繋いでもらったり、なんとかなだめて、試験会場で全教科受験してきました。
帰りは駅は待ち合わせてケーキ食べて帰ってきたな。
定員割れしてたし、多分合格してしまう。
でも絶対通えないだろうと担任に相談した。
泣く泣く合否発表の前日に取り消しの手続きに行くことになった。
今でも私はこれが正解だったのか分からない。
その前に通信高校合格してたから、もし全日の公立に入学手続きしたら受験自体を一からやり直しになるという判断。
きっと、合格していたよ。この高校通わせてあげたかった。通信高校入学して半年過ぎても私の気持ちは変わらないよ。
卒業式は第二部に参加。
二部なんてあるんだね。不登校の子たち20人くらいかな?こじんまりした卒業証書授与でした。
担任の先生の言葉、先生より先に死なないことのお約束が、リアルにキツくて泣いてしまった。みゅーちゃんにはママ泣いてるといじられたけど、本当に自殺と隣り合わせで生きているみゅーちゃんをみてきたから。
この卒業式の後から
抑うつがひどくなりました。
また嘘でしょ?と思うけど、こんな中で卒業式より1週間後になる吹奏楽部の定期演奏会にも参加しました。
もう見ていられないくらいだったよ。
でも、みゅーちゃんが3年生になる年に移動になってしまった元顧問の先生が来てくれていて、私も少しお話しさせてもらった。
みゅーちゃんが大好きだった先生だったから。
病気になってしまったきっかけも実は部活が理由として大きい。中2でパートリーダー、学生指揮者の役職を務めることになり、いつのまにか孤立してしまっていたみたい。部活辞めたいとこの先生にも相談していて、楽器な好きなみゅーちゃんのことを知っていたから引き留めてくれていたんだって。
実はこの定期演奏会の翌日に入院が決まっていて、その先生にはお話しした。
信じられないくらい濃厚な3月でした。