心の底からやりたいことは、なんだろうか。

人間も、動物も、自然も全て有機的につながった、ひとつのものと考えるのが、仏教であり、老荘思想だと思うが、

だとしたら、人間と言うその中の「個」は、全体を維持するために働こうとするのが普通では無いだろうか。


人間は、共感することが出来る。

他人だけでなく、草木、動物、岩石、水・・・・。八百万のものに、心を感じることが出来る。

それを突詰めていけば、人間本来の心にたどり着けるような気がする。


今、自分が抱えている問題は、何を象徴するのか。

要は、世の中に貢献している気がしないという所だろうか。

仕事をすることは、顧客の満足を満たすことは出来るが、それ以上でも以下でもない。

そんな気がするのだ。


世のため人のためになりたいが、何をすればよいのか分からない。

であれば、取り敢えず強く念じれば良いのかもしれない。


人生と言うのは、上から下へ物体が動くようなものではないだろうか、と最近思う。

正確に言えば、人生とは、われわれが置かれた環境であって、それが絶え間なく移ろう。

それに対して、ただ単に、移ろう姿を見るだけの姿勢が出来れば、人生の達人になれるような。


例えば、温度が2,3度上がったとする。

北極では氷が解けて、生き物がたくさん死んだ。

逆にその死骸で、特定の生き物が異常繁殖した。


そこで何が大切なのかは非常に難しいが、ゆらいだものは、やがてバランスする。

北極から、赤道直下から、生態のバランスが崩れたら、バランスするように皆動く。

人間も、その一部として動くのだろう。遺伝子にプログラムされているのだろうか。


恐らく、全てはひとつにつながっていて、だからバランスするように勝手に動くのだろう。

老子の思想のように。理屈ではないのだろう。

世の中には救いようの無い奴がたくさんいて、1000人に1人ぐらい、優れた人がいるのだろうか。

能力の無い人が、権力の座に着く確率が高いこともあるだろうし、数パーセントの人間が自分に都合の良いように

世界をデザインし、その人たちにとって都合の良いひとが権力を持つのだろう。

いずれにせよ、上位者が無能なのは、本当にやってられない。これが世の常だろうか。


日記でもつけようかなと思う。

正確に言えば、数少ない友人たちに公開するための日記をつけようかなと思う。


自分はほっとくと、友達や家族に何の連絡もとらなくなってしまう。

1人で瞑想にふけっている自閉傾向がある。


いつまで続くか分からないが、ただ、自分の性格として、中途半端なものはしたくない。

恐らく、自分で気に入らなかったら、すぐに止めると思う。

どうしようもない事態に直面したとき。

自分の欲しいものが、どうしても手に入らないとき。

そのときは、手に入るものを、十二分に手に入れるしか、ないのだろうか。

損して得取れ、ということだろうか。


忙しいと言う状況は、勉強にはなるが、失うものもたくさんある。

自分の成長と言う面から見たら、ある特定の能力は伸びても、他は伸びない。


S先生は、受け入れろと仰った。


例えば、高校時代。

不平不満を言わず、勉強していたらどうなったか。

東大に行き、研究者にでもなっていただろうか。


受け入れるものにも、外的なものと、内的なものがある。

全てが有機的につながっているのだとしたら、その事象は同じになる。

では、どうすれば良いのだろうか。


ずっと忙しい日々が続いている。

そして、課長はムカつく。

忙しすぎるのは、課長の責任だと思う。


話は変わって。


安倍官房長官が総理大臣になると、恐らく、日本経済が復活する。

憲法が改正され、自衛隊が日本軍になり、日米同盟が強固になり、日本企業が脚光を浴びる。

環境ビジネスも活発になり、うちの会社も浮かばれるだろうか。


景気が良くなれば、しばらくして、日本人は堕落するだろうか。

盛者必衰の理に従って、やがて破滅が訪れるのだろうか。


やはり大切なのは、日本文化だろうか。

自分はいったい何をすればいいのだろうか。




 自分は非常に真面目な人間だと思う。つい、2、3年前までは、そうでもなかったような気がするが、これからは真面目に生きようと思わざるを得なかった。


 今回の日記は少し、トラウマチックになりそうな気がするけども、そのとき感じたことを思い出すと、まず、とにかく自分が変わっているというコンプレックスのようなものにとりつかれていた。事実を挙げるとすぐに分かってもらえると思うが、自分はかなり変わっている。自分に似ていると思う人間にあったことが無い。だから、多少不真面目なことをやっても、他の人より怪しまれる。とにかく、何だこいつ、と思われる。出る杭は打たれると言うか、別に、好きに生きているだけなのに、何故か自分は人と違う方向に進む。そうして、いい加減嫌になり、分かってもらうためには、真面目に生きるしかない、と思うようになった。自分の尊敬するミュージシャンがそうだった。とにかく、真面目であれば、取り敢えず許してくれるのが他人なのだと。


 自分は、やらざるを得ない、という感覚が好きだ。人間が生きていくと言うことは、やりたいことをやっているような、やらざるを得ないことをやっているような、そんなもんだと思う。やりたくないことでも、前向きに捉えればやりたいこと、やらざるを得ないと割り切れば、受け入れる気にすっとなる。

 石油の値段が高いが、いろんな疑問がある。①石油は増産されているらしいのに、何故高いのか と、②石油などの値段が上がると、何故石油化学メーカーも儲かるのか である。

 

 ①について考えてみたのだが、代替エネルギーの開発と関係していると考えるのが、一番自然な気がする。燃料電池をはじめ、石油の代替エネルギーがここのところ出てき始めている。恐らく、数年後には、石油の消費量は格段に減る。だったらそれに備えて、今のうちに儲ける、もしくは自然に値を上げていこうとするのは、ありえる話だと思うのだが。


 ②は、良く分からないが、化学メーカーが、商品を必要以上に値上げしたか、原料が無くなり、石油化学商品がなくなることを恐れて、需要が増えたか、だろうか。


 ①については、中国でエネルギー需要が逼迫し、強烈な買いを入れていると言う説が有力なようだが、どうなんだろう。世の中分からない事だらけだなあ。

 ここ最近の東海地方はとても暖かい。もう十一月だが、熱さすら感じることもある。東海地方はこういうもんかと思っていたが、昔から浜松に住み着いている元暴走族のOさんによると、昨年などは、この時期寒くて防寒着は当たり前だったそうだ。


 そう考えると、また日本のどこかで集中豪雨があるかもしれない。最近では都心でも、ヒートアイランド現象でスコールのような雨が降るという。うちの会社も、水の偏在が株価上昇につながっているという。本当に奇妙だ。今日だって、パンツ一枚でブログをつけているが平気だ。

 はるばる引っ越してきた、ここはS岡県F枝市。静岡から電車で20分ほど。引越し早々、電信柱にコツンと車をぶつけてしまった。ほんの少しすったくらいだし、ボロ車だから別にいいんだけど。しかし、失敗すると、慎重になるのがめんどくさくなくなる。