幸福論とかいってまたAIに言葉遣いがカタすぎるといわれそうですが。
最近、仕事でもnoteの方でも、外に出す前にAIに校閲してもらってます。
でもこのブログは完全に自分のため。
10年後に見返して、その時の自分を振り返るため。好きにやらせていただきます。
さて、もともとHSS型HSPを公言して好奇心が多く、それを満たすために走り回るのが長らく自分の満足感を高める手段でした。
1年前に受験を終え、そこから調子が狂いまくり、なんなら40歳をすぎた頃から体の調子がよくない。
最近ふいに仕事が立て込むことがあり、それがまた下手に自分がやってみたいと思う仕事だったりして私の脳内は大混乱。
20代は寝てなくてもアドレナリンをいくらでも出せたことが、今はもう体が追いつかなくなっていたことに気づいた。
部屋が汚いのなんて前は気になりもしなかったのが、今は混沌としたテーブルの上が自分の脳内に直結してるように思えてどうにも気に食わない。
でも、掃除がこれまた自分の体力を削るという始末。
生活と体力(体質?)の変化にまだちゃんと自分が適応できてないんでしょうね。
ちゃんとこなせない自分にもイライラします。
寝ても疲れが取れない、食事改善がカギと知りながらできない自分に失望したり。
さて、タイトルを回収しなければなりません。笑
どうも20代の時の、自分の興味関心の追求が同じ感じで出来なくなってきてることに気づいた40代。
自分の幸福を追い求める行動が返って自分の首を絞め始めました。
こうなると、やる事を減らすしかない、みたいな事をchatGPTにいわれ、グサっと刺さりました。
今までの公式だとやる事減らしたら自分の幸福度が下がるから。
現に出来ない自分に失望しているわけで。
ということは、やりたい事に優劣をつけていかないといけない。
仕事もしたいし、自分の生活ちゃんとしたいし、読みたい本や観たいドラマを1日中みて探すことは長年の夢でもあった。
40代の幸福は、「やりたい」の精査から始まるんだな。今までの有象無象から、精鋭の1コか2コを決めていく。
時間とお金の配分や時間を割いてでも会いたい人。
ノートにでも書いてみて、また決まったらブログにしようかな。
でも、私の事だから一つに絞り込めず、とっ散らかったりするのかもな。
どうやら、体と人生と仕事のベストタイミングはマッチしないみたいですね。
