Happiness Days

Happiness Days

初めまして!
主にSUPER JUNIORのメンバーで小説を書いてます!(*´`*)

※パロ/FF
※BL注意
※苦手な方はUターン
※国語3の底力
※不定期

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鍵を出そうとしてポケットからするりと落ちた。
あ、と思いながら、鍵のほうへ身体を向ける。

気づかなかった。

すぐそこで、濡れた男が床で眠っていた。
ちょうどウニョクと同じような、光を浴びても真っ黒な髪質の、男。


なんとなく、胸がドキンと跳ねて。

なんとなく、切ない気持ちでいっぱいになる。


全然知らない、初めて見る男、しかも自分の部屋の前で寝てる男にたいして、
不謹慎にもほどがある。



「あの…風邪引きますよ」


腕を軽く揺すると、男はゆっくり目を開けた。


「ん…」


口の端から漏れた声で、ドンへは自分のしたことに後悔する。

起こしてどうするつもりだ?
誰かを待っていたかもしれない。
良い眠りに入ってるところだったかも。

呼んでからあたふたと慌てても、そんなかっこ悪いところは見せたくないと、
何故かよくわからないけど意地になった。


「風邪引くから、これ着て」


お気に入りのカーディガンだけど、上半身を起こした彼にかけてあげた。
男は何故か嬉しそうにカーディガンを抱き締めて、今度は不思議そうに尋ねてくる。


「あんたのほうが風邪引くんじゃない?」

「え」


そう言われて自分の身体を見る。
そうだ、雨が止んだとはいえ、服はびしょびしょのままだった。


「うん…」


何故この男は、俺のカーディガンを大事そうに抱きしめているんだろう?
キモチワルイなぁ…。


「…家、入る?」

「うん!」


まるで自分の家のように、鍵を開けたらずかずかと部屋に入ってきた。


「ちょ、ちょっと!」


そして遠慮なく服を脱ぎ始める。
上着もズボンもパンツも脱いで、彼はまたドンへのカーディガンを抱いたまま、ベッドにダイブする。
そしてゆっくり目を閉じて、身体を微かに震わせながらすぐ眠りについた。


「え、えぇえ?」


早業すぎて、ついていけない。

見ず知らずの男が、しかも濡れたまま裸で、自分のベッドに、寝ている。



まるで捨て猫を拾ったような感覚。




つづく





ドラマの始まりのように、映画の冒頭のように、本の一ページ目のように、
さえずる鳥の鳴き声を聞きながら目が覚める。


「ウニョガ、おはよう」


目覚めてから第一声が、まるで習慣のようになってきたある日。


「ウニョク?」


一緒に寝ているベッドにも、お気に入りのソファーにも、エサ入れの前にも、トイレにも、ウニョクの姿は見えなかった。

変に心臓がドクドクと鳴って、気づけば雨の降る外へ傘も差さずに飛び出していた。


「ウニョガ!どこいったの!?ウニョガ!!」


夢中になって名前を呼んで走って、肩で呼吸するようになってからやっと、自分の状況に気づく。


寒い、寒いよ、ウニョク。


腕の中の優しい温もりが、だんだん冷たく感じられる。


そして冷静になると、色々な考えが浮かんできた。


メスを探しに行った?でもまだあいつ、そんな年じゃないよね?
俺がエサ切らしてるのバレた?バイトばっかで寂しかった?

ねぇ、ウニョク。
よく聞くんだ。
猫は死が近づくと、自分から姿を消すって。

違うよね?ねぇ、ウニョク――…






雨もすっかり止んで、家に帰るまでは、肌に纏わりつく布と蒸してくる汗、そしてなんともいえない虚無感に襲われて、そして気づいたら部屋の扉の前にぼーっと立っていた。


ウニョクがいない生活なんて、考えられない。
ただそこにいてくれるだけで、力になるんだ。


今日は日曜だから大学も休みだし、俺はこれからバイトに行かなきゃいけない。
ウニョク、また俺がバイトから帰ってきたら、
扉の前でしっぽを揺らして待っててくれるんでしょ…?




つづく




「そういえば先日、3年間も付き合ってた彼女と別れた。
うん、それはすごく突然だったけど、あまりにもあっけなかったなぁ…。
でさ!聞いてよ!!なんか昨日、ヒチョルにその話したら、すっごい睨まれて!
まじで怖かったんだから~!こんな、こーんな目してた!!」


サークルの先輩であるイトゥク先輩が、ほろ酔いの中昨日の話を振りだしてくる。
ドンへはまだ未成年のためオレンジジュースしか飲んでいない。
さっきから「ヒチョル」という男がしてたであろう目つきを、指で釣り目を作りながら話すイトゥクは、まるで一人芝居のように話し続ける。


『ねぇ先輩。そろそろヒチョルっていう人紹介してくれても良くないですか?
先輩の話に何回も出てくるし…』

「だ、ダメだよ!ダメダメ!あいつドンへのこと気にいると思うけど…
やだ!!絶対やだ!!ダメダメダメ!!!」


ほろ酔いというよりも、酔っているイトゥクは、普段は先輩後輩でけじめをつけている。
それだけ辛かったのかなと、イトゥクをなだめながら、オレンジジュースを口に運んだ。


ふと腕時計に目をやると、もうすぐ日にちが変わりそうになるのに気付く。



『先輩!ちょ、俺帰んなきゃ!!ねこっ、猫のことすっかり忘れてました!!』

「えー?ドンへ猫飼ってるの?見に行きたいなぁ~^^」


酒臭っ!と心の中で叫びながら、へばりついてくるイトゥクを無理やりはがす。



『ん~・・先輩!携帯貸してください!』

「え~?どうぞ~」


フラフラした手つきでポケットからスマートフォンを取り出し、スマートフォンの中にある電話帳から「ヒチョル」の名前を探した。
でもいくら探してもなかなか見つからない。


「先輩、ヒチョルさんをなんて名前で登録してるんですか?」

『レラ!』


イトゥクはドンへの質問に即座に答えて、また酒を飲む。
変な名前、と思いながらも、表示された電話マークに軽く触れる。

プルルという機械音を数回聞いてからプツンと途切れて、「あ?」と不機嫌そうな声が聞こえた。


『あ、あの、イトゥク先輩の後輩のイ・ドンへです。イトゥク先輩が酔ってて・・・あの、手を貸してくれませんか・・』

「ドンへ?・・あぁ、そこどこ?」

『あっ、居酒屋です!――』





数分後、しましまのTシャツに青いパンツでやってきた美形の男性が、ずかずかとイトゥクとドンへの元へ歩いてきた。
まさかイトゥクから聞いていた「ヒチョル」が、こんなかっこいい人だとは思っていなかったから、
本当に「ヒチョル」なのかとジロジロ見つめた。


「あっヒチョラ~!なんでお前ここにいるの?ふふっ^^あ!俺に会いに~??」


イトゥクはヒチョルを見るやいなや、目をとろんとさせてヒチョルの腰に抱きつく。
それを鬱陶しそうにしながら、ヒチョルはドンへの方に顔を向けた。


「悪い。こいつからきみのことはよく聞いてる。俺はキム・ヒチョル。よろしくな」

『あ、はい!イ・ドンへです。よろしくお願いします』


綺麗な手が差し出されて握手をした。
ヒチョルはやれやれ、とイトゥクの腕を自分の肩に回して、一緒に店を出た。





「じゃ、またな」

『はい、気を付けて・・』


ヒチョルの乗る車が颯爽と走って行くのを見送ると、ドンへはまた腕時計を見てから猛ダッシュした。









『ウニョガ~ただいま~』


部屋に入ると、つやつやとした毛のウニョクが、にゃあと鳴きながらドンへの足にすりすりと懐いてくる。
そんなウニョクを抱きかかえてベッドにダイブする。


『なぁウニョク聞いてよ。今日イトゥク先輩の友達に会ったんだ~。すっごい綺麗でさ・・・
あ、男なんだけど!見惚れたっつか…』


ウニョクはドンへの話す言葉をまるで一言一句わかっているようにドンへを見つめ、またすりすりとドンへの胸に懐いた。


『あー明日は午後から講義だ…』


寝返りを打つと、ウニョクはドンへの顔をぺろぺろと舐めはじめる。
くすぐったくてつい身を捩じらせた。



開いていた小窓から冷たい風が入ってきて小さく身震いしてから、近くに放り出されているカーディガンを羽織る。


『ウニョク。なんでお前は捨てられてたの?寂しくなかったか?
少なくとも俺なら、寂しくて悲しくて、どうしようもなかった。
あぁあ。こんな広い部屋に一人って、結構寂しいんだよ?
でも今はウニョクがいるから平気…』


ウニョクに言葉はわかるはずないから、こんな風に話しかけても意味ないのに。


ウニョクは相変わらずドンへにすりすりと身体を擦り付けてきている。
それを愛しそうに見つめながら、いつのまにか眠りについた。




大学生活も1人暮らしも安定してきた秋。


靴のつま先をとんとんと地面に叩いて踵までしっかり履いて、
久々に雨が降ったから、暫く出さずに少し埃をかぶっていた青い傘をさした。


バイト先であるコンビニまで歩いて5分。
そのたった5分の距離は、今日もどこかで見た漫画やドラマを思い出す光景が綴られる。


ドンへの住むマンションは、この町からしたら少し高級なところ。
マンションの入口付近には、昼ドラのようなおばちゃん達が、こそこそと誰かの噂話を。
通り過ぎれば小学校が見えて、そこから溢れかえる下校する生徒達の賑やかな声。

ドンへの横を通り過ぎながら、3人ほどの黄色い帽子を被った少年たちが、拙い言葉を話していた。


「あっ見ろよ黒猫だ!こえーー!母ちゃんが黒猫はふきつのー・・なんだっけ?
ふきつのぜんじつ?っていってた!」
「ぜんちょうだろ!」
「ぜんちょうってなんだよ」
「知ってるよ!えっと、ぜんちょうは、えーと、・・」


つい口元が緩みそうになるのを抑えながら、そんな光景を見送った。


黒猫、だって。不吉なんかじゃ、ないよ。


昔、飼ってた黒猫のクロを思い出して、少し寂しくなった。
クロはもう小学生のときにこの世から消えた。
それが悲しくて悲しくて、もう動物は飼ってない。


はぁ・・・と溜め息を吐くと、先ほど少年たちが怖がっていたであろう黒猫がドンへの前を横切った。
緑の首輪に付いてる鈴を微かに揺らしながら、軽快な足取りの黒猫。
ほんの一瞬だけドンへに目をくれるけど、すぐそっぽを向いて去ってしまった。




・・・不吉の前兆?






黒猫





バイト帰りはすっかり雨が止んでいて、家まで続く電灯が照らす道を、傘の石突でカンカン軽快な音を奏でた。
マンションの入口の電灯に、なにか箱のようなものが見えて小走りで近寄ってみる。



「にゃあ」


ダンボールの中には、タオルケットに包まれた小さな黒猫がいた。
生まれて間もないのか、それとも暫くたったあとなのか、猫との関わりを断ち切ってたせいがよくわからない。


「にゃあ」


黒猫はドンへを見つめながら鳴く。
あまりにも寂しそうな表情に、心臓を鷲掴みにされた気分だった。


『お前、捨てられたの・・・?可哀そうに・・』


そっと手を伸ばすと、ドンへのゴツゴツした手にすりすりと顔を撫でてきた。
自分より長生きしない動物を飼うなんて、もうごめんだと、
思っていたことなどすっかり忘れて。


『ここペット禁止じゃないから、いいよね?』

「にゃあ」


黒猫はドンへの話を全てわかってるとでも言わんばかりに、キラキラした目をしてまた鳴いた。
ドンへは覚悟を決めて、タオルケットごと黒猫をふわりと抱き上げた。


『ウニョク。お前の名前はウニョク!キラキラしてるから!!』


自分でも、なんて単純なんだと呆れながらも、ウニョクが嬉しそうに鳴くからまぁいっかと思い、
腕の中に小さな温もりを感じながら、エレベーターのボタンを押した。







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『今日もすごい雨だなぁ・・・』


独り言は、雨がコンクリートにぶつかる音よりも小さく放たれる。

日曜日なのに親が出掛けて誰もいない、家の扉に鍵を掛けて、数輪の花を片手に青い傘を開く。
足のつま先をとんとんとコンクリートの地面に叩く。
靴がちゃんと履けたのを確認してから、駅までの短い道のりを歩く。


この時期になると、どうも弱い。
セットした髪はすぐ崩れるし、雨だと服が部屋干しになるから臭いし。
・・・あの日を思い出すし。

長い溜め息を吐いてるうちに駅に着いた。
傘の水滴を飛ばして、電車の路線図を確認して、400円の切符を買う。
昨日の夜にインターネットで調べた、電車の時間に間に合ったからそれに乗る。

家から歩いて約10分、電車で片道約30分。

自分の住んでるとこよりちょっと田舎だけど、そこは兄さんの故郷らしい。



今日は、近所に住んでいた兄さんの命日。




・・・ユア マイ ヒーロー 3・・・




電車に揺られてるうちに眠気に襲われた。
今日のことを考えて、あまり眠れなかったから。

うとうととしてたら電車が停車して扉が開く。
扉の隙間から冷たい風が入ってきて眠気が薄れていくと、自分の降りる駅だったことに気づいて慌てて降りる。


人気のない駅から5分ほど歩いたところにある墓地の並ぶ場所に着いて、兄さんのところまでゆっくり足を運ぶ。
同時に、今までたくさんの人から受けた同情の言葉を思い出す。








近所に住んでいた兄さんは、ドンへが小さいときから本当の弟のように可愛がってくれていた。
歳の差は6つ7つほど。
お母さんと2人暮らしをしていて、血の繋がった弟はおばあちゃんと遠くで暮らしていると言っていた。


でもその日は違った。じっとりと雨が降っていることはここ最近のことなのに。
兄さんの様子がおかしかった。

いつものように兄さんの家へ遊びに行くと、兄さんはにこっと笑った。
いつものような笑顔のはずなのに、なんだか奥の見えない怖い笑顔だった。

でもドンへはそんなことは気にせず、ずかずかと兄さんの家に入る。


「ドンへ・・・ちょっと来て?」

『ん?なぁに?』


学校帰りでまだ夕方だったから、兄さんのお母さんは帰ってきてなかった。

兄さんに呼ばれて隣に座ると、思いきり押し倒された。
背中を強く床に打ち痛がっていると、その動きを封じ込めるように両手首を抑えられて乱暴にキスをされる。

息が苦しくなって肩で息をするようになると、兄さんはドンへの上着を脱がそうとしてくる。


『兄さん!兄さん!やめて・・・っ!!』


6つも7つも年上だと、それ相応の力が付いているから抵抗できない。
ドンへの言葉も聞かずに、乱暴にしてくる兄さんの隙を見て、ドンへは足を思い切り上げた。

兄さんの溝に命中したらしく、苦しそうに咳き込んでいる。


『あっ兄さん、ごめん・・・』


最近サッカーをしているおかげで足が強くなったこと、兄さん知ってるはずなのに。
なんでこんなことしてくるの?
怖いよ。

怖いよ兄さん・・・。


兄さんはギロリとドンへを睨む。
ドンへは身震いをして、傘も差さずに慌てて家を飛び出した。


ただひたすら走る。

少し乱れた服装を直す暇もなく、ただ走った。
雨がコンクリートを打つ音と、後ろから追いかけてくる足音がただ恐怖を連想させる。


雨のせいで、やっぱり人気がない。

青がちかちかと点滅する信号を渡ると、兄さんも渡ろうとしていた。
少し振り返ると、ドンへの目の前には
何故か歩道の道で止まった車と赤い液体が広がっていた。



『兄さん・・・・・?』










大人は、交通事故と言った。
兄さんは酔っていたと。
彼女にフラれてむしゃくしゃしていたんだろう、と。

でも本当は俺のせいなんだ。

だから「かわいそう」とか、「きみのせいじゃない」とか
そんなこと言わないで。

俺があの時、あのまま流されていたら?
兄さんの命は、あの後なにをやられるよりも大事だ。

大事だったんだ。



兄さんの眠っている墓まで、入り口からそう遠くはないのに、つくまで長い時間がかかったような気がした。
傘を少し上げて場所を見ようとすると、もう先に誰かが来ていた。

緑色の傘は、兄さんの墓の前で揺れていて、遠くからそっと眺めてみる。
細い体の男のようで、顔があまり見えない。

近くにあった木に隠れて、彼の様子を観察していると、彼は入口のほうを向いて一度上を向いた。
その瞬間、見覚えのある顔が見えて驚く。


『ヒョクチェ・・・・?』


ヒョクチェらしき彼は、ドンへの姿には気づかずに入口のほうへ戻って行った。
ドンへはヒョクチェらしき人が帰ったのを端で確認してから、兄さんの墓の前に座る。

もう花は新しく変えられていたけど、自分が持ってきた花も添えた。
ずっと握りしめてたせいで少しよれていたけどそんなの気にせずに花瓶に突っ込んだ。

手を合わせ、思う。


兄さん、元気ですか。
兄さん、ごめんね。
会いたいよ。


もう会えない人になに言ってんだか、と思いながら、墓を見つめる。
もちろん墓から兄さんの返事が聞こえるわけではないし、兄さんが出てくるわけでもない。
でもただぼーっと見つめていた。

雨は止むことを知らず、耳元ではずっと雨音がする。
少ししてからドンへはやっと立ち上がり、「また来年もくるね」とだけ言ってその場を後にする。


帰りの電車の中では、既にヒョクチェが頭の中を支配していた。


やっぱりあれはヒョクチェだと思う。
でもそうしたら、どういう関係?


焦って頭が回らない。
ふぅと息を吐いて、また眠気に襲われた。








次の日の学校も、雨だった。
また次の日も。その次の日も。
だから梅雨が明けないと当分、屋上はおあずけ状態。

屋上でなければ、ヒョクチェに合う機会がない。

帰りも一緒ではないし、だからといって自らヒョクチェのクラスに行ったり、
ヒョクチェがドンへのクラスにくることもなかった。


兄さんの命日から2週間がたって、それはすごい晴れだった。
梅雨明けをして、やっと毎日のように屋上に行ける。
でも足取りは思ったより重い。


昨日も雨が降っていたせいか、夕方の空は澄んでいて気持ちがいい。
いつものようにフェンスに寄りかかったヒョクチェを見つけて近寄る。

フェンス越しにオレンジと青のグラデーションの空を眺める。


「ドンへ、お前なんかあったの?」


本を読みながら唐突に聞かれて困る。
でも表に出さないようにクールを醸して聞く。


『なにが?』

「過去とか」


過去・・・?
もしかして兄さんのことか?
あの時のはやっぱりヒョクチェだった?
それとも、担任に聞いたとか?


頭では色々考えたけど、自分の口からは言いづらくて逆に聞き返した。


『ヒョクチェは?』


ヒョクチェは本から視線を外し、ドンへと同じようにフェンス越しに空を見る。
少し躊躇ってから、徐に口を開く。


「ん?俺?なんもー・・・あ、この前、兄ちゃんの命日だったなぁ」


え・・・?


ショックだった。

やっぱりヒョクチェだったと思う反面、ショックが大きい。


『・・・兄ちゃんって?』

「あー、言ってなかったっけ?血は繋がってたけど、別々に暮らしてたんだ。
兄ちゃんはここで母さんと住んでたよ。俺はここから電車で2時間くらいのもっとド田舎でばあちゃんと暮らしてた。」


そうか、なんだ、俺・・・。


話を聞いてるうちに視界が歪んできて泣いてることを自覚する。


「2年前に、交通事故でさ・・・。ドンへ?」


ヒョクチェは隣で泣いてるドンへを見て慌てて背中をさする。
ドンへはヒョクチェを抱き締めた。


『ごめん、俺のせいで、ごめん・・・』


涙で鼻声になりながら、表情の見えないヒョクチェに謝った。
ヒョクチェはドンへの背中に腕を回して、肩に顎を乗せ、また背中をさする。


「違うよドンへ・・。俺はお前に謝ってほしいわけじゃないよ・・・」


ぐすっと鼻のすする音を耳元で聴きながら尚、ヒョクチェは冷静にドンへを宥める。


「俺知ってたよ・・。ドンへのことずっと、知ってたよ・・・」


ヒョクチェの突然のカミングアウトに、一瞬体が強張る。
抱き締めてた身体をべりっとはがして、ヒョクチェの寂しそうに微笑む顔を見る。


「兄ちゃんが、ばあちゃん家に来るときよくドンへのこと話してたよ。
俺と同い年だから早く会わせたいって」

『でも、なんで、そんな』

「だからねドンへ。兄ちゃんに言われてたんだ。」


ヒョクチェは寂しそうだけど堂々としていて、ドンへの目を真っ直ぐ見ながら話をしていた。
ドンへはヒョクチェの言葉を一言一句聞き逃さないように耳を澄ませる。


「ドンへを守れ、って。あいつはアホっぽいし危なっかしいって。」

『・・・は?』


つい不満気な声が出てしまったが、間違いではない。
アホっぽいと言われて、みんなこういうリアクションをすると思う。


「でも本当に会うなんて思ってなかったから。ドンへが通う学校とか知らなかったし」


ヒョクチェはまた本に視線を戻す。


「たださ、こういう言い方は悪いけど、兄ちゃんがいなくなったから、俺たちはこうして会ってるんだろうなって」

『・・・確かに悪い言い方だな』


ヒョクチェは、少女漫画に出てきそうな言葉ばかりを言いながら、それでもやっぱり本から視線を離さない。
ドンへはまた兄さんのことを考えると涙が止まらなくなった。
ヒョクチェは本をぱたんと閉じて、またドンへを抱き締める。


ヒョクチェを抱き締めて見える空は、相変わらず綺麗だ。
つい最近まで雨ばっか降っていたのに。

なんだかふっきれたような気分になり、一度ふぅと息を吐く。
そして心の準備を整えた。


『ヒョクチェ、俺はあの日・・・』


もういいだろう、誰かに話してみても。
返ってくるのはどうせ「辛かったなぁ」とかそういうことだとわかってる。
それしか言いようもないし。


ドンへはあの日のことを全て話した。
2年前のことだといっても、まだ鮮明に覚えている。
きっとこれから一生、忘れることはないだろう。

ヒョクチェは優しくドンへの頭を撫でながら、ドンへはその心地良さに浸る。


「ドンへ」

『ん』


ヒョクチェはドンへに軽く口付けをし、「しょっぺぇ」と笑った。










昔兄さんが、自慢げに話してた弟の話を思い出す。
弟は素直で優しくて可愛い奴だって。
そんなこと言われてもどんな奴かわかんないっていつも文句言ったなぁ。


ドンへは眩しい空を見上げながら寝転がる。

ギィ・・と後ろから音がして、何故か咄嗟に両手で目を隠した。


「あ、イ・ドンへだ」


声だけでわかる、主と調子。
今日も楽しそうにドンへの隣に座る。


可愛いかはよくわからないが、こう見てみると素直で優しい奴だよなぁ。


ページをめくる音が聴こえて、『何読んでんの?』と声を掛ける。
本のことはいつも気になっていたけど、聞くのは初めてだ。


「これ?これは、勇者がたった一人で冒険に出かけるんだけど、
数々の困難にぶつかって、もうダメだって思ってたとき
ヒーローが現れて勇者に夢と希望を与え、また冒険をするって話」

『ふぅん』


うつ伏せの形で足をぱたぱたとさせながらぼーっと考える。


『じゃあ俺にとってヒョクチェはヒーローだな・・・』


ぼそっと呟いた言葉は、少年漫画のように瞬間的に吹いた風によって搔き消された。


「・・・?なんか言った?」

『あー・・・、ヒーローって、H.E.L.L.Oだろ?書けるっつの』


ヒョクチェは呆れたように、
その頭でなんで頭が良いと称えられているのかわからないとでも言うように溜め息を吐いた。


「それ、ハローな」

『・・・・わざとだよ』

「嘘つけ。さっきの言い方はマジだった」


他の勉強はできるけど、英語はちょっとダメなだけだ!


心の中で言い訳を並べながら、また本に集中するヒョクチェを横で見つめた。


イ・ヒョクチェ。
お前は俺にとって、本当にヒーローみたいなんだ。
兄さん。ヒョクチェは素直で優しくて良い奴だよ、多分。
なんでか信じれる気がするんだ。

兄さん、元気でね。


『ふわぁ~。眠い。時間になったら起こして』

「おう」


温かい日差しが2人を包み込んで。
青い空には、ドンへの思いがふわふわと飛んでいくような気がした。










「ドンへ!俺の読んでた本どこ!?」

『知らねーよ!ヒョクの本棚本多すぎ!』


ドタバタと、小さな部屋に声が響く。


大学生になって地元から離れ、都会で2人暮らしを始めた。
同じ大学の、同じ学部。

共に同じ夢を描きながら、コツコツと2人の距離は縮まる。

都会の空は狭い。あのグラデーションはあの屋上の宝物。


俺のヒョクへの気持ちが、恋と言われればそうかもしれないし。
友情と言われれば、やっぱりそうなのかもしれない。

でもいつか、ヒョクに堂々と好きと言えたなら。
ってことは、恋ってことなの?

それはよくわからない。ヒョクが俺のことをどう想ってるかも。


でもいつか言えたらいいなぁ。
あっ!ヒョクが俺のヒーローだってことも。






END





過去という呪縛が、いつまで経っても俺を離さない。

後悔してるんだ。ものすごくしてるんだ。
兄さんはどうだったかな。

俺はそれでも、前を向かなければいけない。




・・・ユア マイ ヒーロー 2・・・




イジメはまだ終わらないが、ヒョクチェが転校してから1ヶ月が経とうとしていた。

ヒョクチェが転校してきた日から毎日のように、2人は屋上で会うようになった。
約束もしてないのに、昼と放課後は磁石が引きつけられるように屋上へ向かった。

鉄臭い重い扉を開けると、ヒョクチェは大体、ドンへより先に来て本を読んでいる。
初めて出会ったフェンスに寄りかかりながら。


「あ、イ・ドンへだ」


目が合うなり、嬉しそうに言うヒョクチェは、会う度毎日のように「イ・ドンへ」とフルネームで1度呼ぶ。
ヒョクチェはまた視線を本に戻し集中する。


『なんでフルネーム?』

「なんとなく」


ヒョクチェは本から視線を離さず喋る。


「あ、そういえばさ、ドンへ」

『ん?』


ヒョクチェの隣でフェンス越しに空を見る。
眩しい太陽がほぼ真上に位置し、空にはたんたんと雲が浮かんでいて、まだ梅雨には早いようだった。


「ドンへって悪いことしてるんだってね」


悪いこと?
もしかして、イジメのこと?


フェンスをぎゅっと掴んで、ただヒョクチェの声を聴く。


「隣の席の子が学校来ないから、クラスの子に聞いてみたんだけど。
ドンへ達がこう、・・・なんだっけ?色んな人をリンチしてるーみたいな。
俺そういうの疎いから、ドンへのことなんも知らなかったなぁーって思って」


ヒョクチェの視線は相変わらず本に置かれている。
ドンへはフェンスを掴んでいる手が震えた。


なに?なんでこんなに悲しい?
ヒョクチェにバレたから?
ていうか、みんな知ってたし。ヒョクチェにバレたところで、それが何?って話なのに。


「ドンへ?」


返事をしないからか、ヒョクチェは顔を上げて、横で空を見てるドンへを見た。
そんな空気に耐えられなくなった。


『あっ担任に呼ばれてるんだった』


嘘を付いて、この場から離れた。
ヒョクチェは不思議そうにしてたけど、ドンへには暗い空気にしか感じれなかった。








うわー・・・なんで言い返せなかったんだろ?
てか、なんて言い返せば良かった?
「その通りだよ、俺のこと嫌いになった?」とか?
てか、ヒョクチェって友達、とかじゃない、だろ?
友達って、こう、なんでも話せるとか、そういうもんだろ?
俺にはそういうのいないし、あぁー、なにこの気持ち。


机に突っ伏して、出来事を朦朧と考える。
机の周りにはまた、ドンへを取り囲むようにして男子が群れる。
色んな声が聞こえてその中で、呼ばれた名前に反応する。


「ドンへー、1組のイ・ヒョクチェって奴やんねぇ?」
「あっ、あいつ。ちょっと本取ってやったらすっげえ睨んできてさ~。きもいっつの!」


あ~ヒョクチェっていつも何の本読んでるんだろ?
聞いたことなかったなぁ。


「ドンへ?なぁ、あいつやろうぜ?」


いつもなら、『あぁそうだな』って返事をする。
だから今日も、周りに群がる奴らはそれを期待していた。


『・・・飽きた』


机に突っ伏したままでもぼそっと呟かれたドンへの言葉は、
ドンへの返事を待って静かになっていた教室にそっと響いた。


「・・・は?」
「何言ってんだよドンへ」

『飽きたっつってんだよ。わかんねーの?お前ら中3にもなっても馬鹿なことしてんなよ』


普段から、自分を取り巻く人にはキツイ口調で言うことはなかった。
彼らにとってドンへは絶対。
ドンへについていけばイジメのターゲットになることもないし、悪ふざけもできる。
そういう目的で近づくやつら。


「・・・調子乗ってんじゃねーよ」


取り巻く1人が、怒りで震えた声でそう言う。
周りも便乗して、ドンへに殴り掛かりそうになったが、ドンへの鋭い目つきで固まる。


『やりたきゃ勝手にやれよ。その代り俺はもうしない』


なんで急に、自分がこんなこと言ってんのかわかんない。
ヒョクチェに被害があったら?
てかさっき、なに?本取り上げたって?

ふざけんなよ。


本を取り上げたと言った奴のほうへ思いきり腕を上げた。
瞬間鈍い音が、自分の手と相手頬から奏でられた。









担任が呆れたように、ドンへと殴られた子を見合わせている。
殴られた子は左頬に大きな湿布を貼っていた。


「はぁー・・・・また面倒なこと起こして・・・」


溜め息を吐きたいのはこっちも同じ。
ただ、ヒョクチェを馬鹿にされたのが悔しくて。

・・・なんで悔しい?



それからお互いに言葉だけで謝って、ドンへだけ指導室に残った。


『先生。俺ちゃんと言ったよ?俺はもうやんないって』

「そうかそうか」


自分より大きな手でがしがしと乱暴に頭を撫でられる。
せっかくセットしたのに、と思いながら。


『・・・俺、ヒョクチェに嫌われたんかな』

「は?」


小さな声だったため聞き取りずらかったのか、先生は耳を傾けてきた。
そして頭で理解したのか、あぁー頷く。


「お前、イ・ヒョクチェと仲良くやれよ?」

『え?うん』

「あと、俺以外の先生にはちゃんと敬語使え!」

『えぇー?』


先生はドンへの「ヒョクチェ」の言葉だけしかわからなかったらしい。
先生は優しい。
ドンへが頭が良くてスポーツもできるのに、何故荒れているか知っているからか、
そのあたりははっきりとわかっているわけじゃないが、2年3年とドンへの担任になったのは、
ドンへが学校で一番懐いているように見える先生だそうだから。


「さっさと教室に帰る!」

『はーい』


自分に群がってるやつらといるよりは、まだまし。









ドンへのおかげで、イジメはなくなった。
もしかしたらやっているかもしれないけど、ドンへの耳には入ってこなかった。

ただ変わったのは


『はぁー・・・』


ドンへの周りに群がってたやつらが来なくなった。
かといって新しく威張る人もいない。
ただ平和になった。
その代り女子からの告白の回数は増えたけど。

机に突っ伏して考えるのはただ一つ。

ここ数週間、屋上に行ってない。

行ってもいいのか、ヒョクチェはどんな顔するのか、やっぱり嫌われてるのか、と考えてしまう。
もともと1人は好きだから、友達がいようがいまいが関係ない。
でもヒョクチェが気になる。

周りの誰に嫌われようと関係ないけど
ヒョクチェには、嫌われたくない。


放課後のこの時間は、誰にも邪魔されずに1人の時間を過ごせる。
遠くでは雨粒が窓を叩きつけている。

ガラ、と扉が開く音がして、机に頭を置いたまま、顔を扉の方へ向ける。


『ヒョクチェ・・・?』


ヒョクチェは鞄と本を片手に扉のところに立っていた。
怒っているのか、寂しさを隠しているのか、逆光と薄暗さのせいでよくわからない。


「ドンへ、なんで最近来ないの?」

『へ?』


ヒョクチェの唐突な言葉に、咄嗟に間抜けな声が出て自分で驚く。
ヒョクチェはずかずかと薄暗い教室に入ってきて、ドンへの隣の席に座る。


『きょ、今日雨だし』

「雨じゃない日も来てないじゃん」


不満気に言うヒョクチェは、ドンへに目も合わせず不貞腐れている。
そんなヒョクチェの行動に頭の回転が回らずに混乱する。


『お、俺のこと、嫌いになったんじゃ、ないの?』

「は?なんで嫌いになるのさ?俺なんか言った?」

『え?』


ドンへが、あの日ヒョクチェに言われたこと=嫌われたと思っていた、ということを話すとヒョクチェは声を出して笑った。
初めて見たから驚いた。

目の横にたくさん皺を作り、歯茎丸出しに笑うヒョクチェ。


「別に嫌いなんて一言も言ってないのに!早とちりすんなよなぁ」


今度はドンへが不貞腐れて、机に突っ伏してヒョクチェの顔を見ないようにしている。
勘違いしていた恥ずかしさや、ヒョクチェがわざわざ来てくれた照れくささで顔が赤くなってるのがバレたくないのもある。


「雨すごいな」


ドンへが拗ねてるのを見てヒョクチェは笑うの止めて、座ったまま外を眺めた。
薄暗い部屋からだと、外はまだ明るく感じる。
ドンへも頭を、ヒョクチェとは反対の窓側へ向けて眺める。


『・・・うん』


蚊の鳴くような声で返事をして、頭の奥底であの日のことを思い出す。
あの日も、今日みたいにしつこい雨だった。
この教室くらい薄暗かった。

はっきりと見えてたはずの窓がだんだん霞んできた。
手で擦っても治らなくて、今度は鼻水が出てきたから啜る。

脳内ではちらちらと、近所に住んでいた兄さんが浮かんでは消え、浮かんでは消える。


「ドンへ・・・」


隣に座るヒョクチェの方向から伸びてきた手に、頭を優しく撫でられた。
温かくて、くすぐったくて、心地良い。


『うん・・・』


頷いたら今度は、つむじを思い切りでこぴんされた。
驚いて顔を上げてヒョクチェのほうを振り向くと、視界が霞んでいるからどんな顔をしてるのかよく見えない。
頭にクエスチョンマークが浮かんできたと同時に、ヒョクチェはドンへの頬を両手で包んだ。


『・・・へ?』


ゆっくり顔が近づいてきて、やっとヒョクチェの表情がわかるくらいになった。
泣いてるの?と口を開こうと動かそうとしたら、その動きを遮られて口を口で塞がれた。

一瞬なにが起こってるのかわからなくて目を閉じたけど、やっぱり今自分はヒョクチェとキスをしているんだと自覚してヒョクチェの胸元を両手で軽く押した。


『・・・・?なに?・・ヒョクチェ?お前・・・』

「あっ泣き止んだ。早く帰ろーよ」


へらっと笑って鞄を片手に、教室を背に去って行く。
ドンへはそこに取り残されて、今の出来事をもう一度頭の中で繰り返し思い出す。


今・・・・き、す、したのか?
え・・・?なん、え?なんで?


自分の唇を指でなぞりながら席の周りをおろおろと歩いていると、遠くの廊下から声が響いてきた。


「ドンへーーー帰んないのーーー??」

『今いくーーー』


ドンへはほとんど荷物の入ってない軽い鞄を肩にかけるように背負い走る。
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま歩いているヒョクチェの後ろ姿を見つけて、さらに勢いを増す。

口元が緩い。足取りが軽い。

さっきまでの暗い気持ちが、雨で流されたような感じ。


『待ってーー』

「うわっはやっ」


最後は玄関まで競争して、先に歩いていたヒョクチェが1番だった。
傘にぶつかる雨の音がうるさくて、隣りに歩くヒョクチェの話声が少し聞き取りずらかった。

でも何故かそれさえも、心地良かった。





続く

※学パロ
(中3設定です)





クラスの隅で小さくなって、逆らおうったって無駄なんだ。
俺は勉強もスポーツも完璧だし。学校一モテるんだ。
だから俺の言うことは絶対だし、それにみんなついてくる。


なのにどうしても、満たされない。




・・・ユア マイ ヒーロー・・・




「お前デブのくせに生意気なんだよ」
「ひぃっ!ご、ごめん!もう、でしゃばらないから!!」
「うっせぇ!!!」

また始まったよ、と言わんばかりの周りの傍観者は、知らんぷりをして席につく。
始まったというのは、いわゆるイジメ。


1人の男を先頭に周りに群れる男子は、雑巾や、目の前で蹲っている彼の所有物を手に、ニヤニヤと笑いながら立っている。
先頭に立つ男は、イ・ドンへという学校一の有名人で、問題児。


「ドンへ、こいつどうする?」


周りの男子はキラキラとした視線をドンへに送り、ドンへは満足気に、蹲る彼の背中に足を乗せる。


『まかせるよ。あとはお前らで楽しめば』


それだけ言ってその場を立ち去る。
後ろではギャーギャーと叫ぶ声や、何かがぶつかる音が聴こえるがそんなことは気にしない。

ドンへは周りの視線を感じながらも、生徒が立ち入り禁止の屋上へ向かう。


ポケットから鍵を取り出し、ギィ、と鉄臭い重い扉を開けて、眩しい光に目が眩む。
天気予報では、今日の天気は晴れだった。
昨日雨が降ったせいか、曇りのない真っ青な空。


『んあーっ!いい天気!』


コンクリートの地面に身体を任せ、そのままゴロゴロと寝転がる。

まだお昼のせいか、太陽は真上まで来ていて暑い。


『あー・・・来る時間間違えたかも』


よいしょっと起き上がり伸びをする。扉のほうを向くと、視界に人影が映る。
彼は、扉がついている四角い建物のすぐ後ろの、
端のフェンスに寄りかかって本を読んでいる。


ここ、俺以外にもきてる奴いんの?あいつ鍵持ってんの?てか誰だよ?


頭の中でぽんぽんと疑問が浮かんできた。
次には身体が勝手に彼の方へ向かっていた。


『お、おい』


フェンスに寄りかかってた彼が顔を上げたとき、一気に風が吹いてきて。
少年漫画みたいだぁなんてぼーっと考えた。

目が合うと、金縛りみたいに動けなかった。

顔だって、別にイケメンなわけじゃない。
地味でもない。「普通」の基準は、ドンへ自体全く理解してないが、「普通」が似合う顔だと思った。


『・・・お前誰だよ』

「・・?イ・ヒョクチェだけど?」


ドンへを知らないような素振りで、ただ不思議そうにドンへの顔をじっと見ていた。
ヒョクチェは本を閉じて、屋上から校舎に付いている大きな時計に目をやる。


「あ!授業始まる!!ほらっお前も早く来いよ!!」

『っえ?ああ』


ヒョクチェは本を脇に抱えて、ドンへの手掴む。
そのまま鉄臭い重い扉を開けて階段を駆けた。


あぁしまった。次の授業サボろうと思ってたのに。


だけど前方で一生懸命走る彼の姿を見ていたら、手を振り払うことができなかった。
なぜか、できなかった。








さっきまで一緒だったヒョクチェという男は、1組に新しく入った転校生らしい。
俺は2組だから、そんなの知ったこっちゃなかったけど。


「なぁードンへ。転校生と走ってきたけど、あいつと仲良いの?」
「あっなんだっけあいつ?イー・・・ひょっく?みたいなやつ!」
「あいつドンへのことよく怖がらないでいたな?」


授業中だというのに、よく一緒にイジメを続行してる奴らが、よってたかってドンへに話しかける。
国語の先生は困ったようにおろおろして、小さい声で注意をしてるが、そんな声は彼らに届きそうにもない。


『ヒョクチェ、だろ』


目が合ったとき、なんで動けなくなったのかわからない。
ただあの、一重のくせにでかい目してたから、変な感じがしたのかもしれない。
なんか、なんでも見透かしたような、そんな目だった。


「ドンへ、あいつ・・・やる?」


楽しげに聞いてくる彼らに、ドンへは溜め息を吐きたくなった。


俺がやるっていったらやるのか?
お前らはボスに従うだけの猿でしかないのか?


『ん~、まだいいや。それよりさ、3組の・・・』

「おっいいな!賛成」
「放課後な!」


イジメ行為をできるなら、誰でもいいんだろ?


心では思っても、口には出さない。
つまんねーやつと言われるのは嫌だ。
もし俺がやめても、モテるのには変わりないし、こいつらだって止めると思うけど。


満足気な彼らは、自分の席の近い奴らと会話を始めた。
ドンへは机に突っ伏しているうちに眠っていた。











担任の呼び出しで、放課後は職員室にいた。
3組のあいつは、今頃あいつらに酷い目に合わされてんのかな、なんて呑気に考えながら、目の前で悲しそうな目をしている担任の話をぼーっと聞いている。


「おいドンへ、聞いてんのか?両親が泣いてるぞ?」

『はい聞いてます。でも悪いのは俺じゃないでしょ?先生。俺なっんもしてないもん。手出してんのはあいつらじゃんか』

「はぁ・・・・でも苦情は、実際お前が主犯で来てるんだ。これで何度目だよ?先生を泣かせないでくれよ?お前、1年のときはもっと優しい奴だったじゃないか。
それともまだあの事引きずってんのか?安心しろよ。お前のせいなんかじゃないんだから。」

『・・・・ね、先生泣かないで?ね?あいつらに、もうすんなって言えばいいんでしょ?』


最初は散々怒鳴られたが、一向にドンへが言うことを聞かないから、担任も肩身が狭い思いを続けている。


「お前・・・・、それも何度目だ?いつになったら言うんだ?」

『えへへ』


甘い笑顔で誤魔化すと、担任は一層泣きそうな顔をして、「もういい、帰れ」とだけ言った。

ドンへはその場を後にしようと、職員室の扉を開けた。
扉には半透明のガラス窓がついているが、部屋の電気が反射して、廊下にいる人物がよく見えていなかった。

イ・ヒョクチェ!!

ヒョクチェも驚いたように、丸い目をさらに丸くしていた。


「あっヒョクチェくん。こっちこっち」


1組の担任の女の先生は、ヒョクチェに向って手招きをする。
ドンへは目の前のヒョクチェを無視するように、何も言わずに横を通りすぎて職員室を出た。


なんだよ、あいつ。


今起こった出来事の中に、文句を言いたいシーンがあったかと聞かれれば、そうではないが。
何故か頭では、悪態をつくようでしかヒョクチェのことを見れなかった。

本当は校則で禁止されているけど、ズボンのポケットからイチゴ味の飴玉を取り出して舐める。
手をズボンのポケットに突っ込むと共に、飴玉の袋をポケットに戻した。

ドンへのポケットにはいつも飴玉が複数常備されている。
放課後に食べながら帰るから。

イジメが行われているであろう、体育館裏には行かずに、そのまま教室に鞄を取りに行った。


あいつら、体育館裏とか、ベタすぎ・・・。


教室にはもう誰もいなくて、遠くからはテニスボールがラケットにぶつかる音や、陸上部の笛の音が聴こえた。
まただ、と感じながら、何故かあまりにも自分が小さく感じて醜い気持ちになる。


『はぁ・・・最悪』


気分転換でもしようと、また屋上へと駆けた。












5月の夕方の空も綺麗なはず、と思いながら、案外足取りは軽く、豪快に重い扉を開けた。


『んー・・・やっぱりね!』


まだオレンジ色になったばかりのようで、青とオレンジのグラデーションが空いっぱいに広がっていた。
太陽に暖められたコンクリートに仰向けに寝転がり、目を瞑る。

同時に何故か涙が溢れてきた。
周りに人がいないことがわかっているから、息を殺さないでいた。


『うっ・・ふぇっ・・・うわぁあああっ』


何で自分が今泣いてるのかわかってる。
先生のせい?かな。
あんなこと、言わなくていいよな?
必死に消そうとしてんだから・・・!


ギィ・・

すぐ後ろから扉の開く音が聴こえて身体がびくっと反応した。
でも起き上がる事はできず、両手で目を隠して息を殺す。


「あ」


聞き覚えのある声がしたと、指の隙間から見てみるけど、その人は上から寝転がるドンへを見下ろしていた。
涙で視界が歪んでいるのと光の加減のせいで人物が暗くて見えない。


「イ・ドンへだ」


楽しげな声でドンへのフルネームを呼んだ。
ドンへは呆れた様子で、涙はすっかり引っ込んでいた。
でもまだ少し眩しくて、赤くなった目を見せたくなくて、両手で隠したままだった。

鼻声にならないように注意しながら言葉を探す。


『・・・お前誰だよ』

「・・?イ・ヒョクチェだけど?」


昼にも同じような会話をしたことを思い出し、何故か吹き出しそうになった。
ヒョクチェは寝転がるドンへの隣に座り鞄を置いて、昼間にも読んでいた本を広げた。


『なんで俺の名前知ってんの?』

「んー、さっき担任が、「あの子と関わらないほうが良いわよ~」って言いながら教えてくれた」

『はっ、あの女め・・・』


今日出会ったばかりとは思えないほどの会話のテンポに、ドンへ自身少し驚いていた。

しばらく会話が途切れていると、隣りでペラペラと紙の擦れる音が聴こえて安心する。
指の隙間から、ヒョクチェの顔を覗いてみた。

「普通」じゃなくて面白い顔だなぁと思いながら、ヒョクチェをじっと見つめた。

隣に誰かが座っていることが、こんなに心地いいなんて思わなかった。

空のグラデーションはほとんどオレンジに染まってきて、目に被さってた両手を真上に上げる。
ヒョクチェは尚、本に集中したままで、ドンへの行動には目もくれている様子はなかった。


『なんで泣いてたのかとか、聞かないの?』

「聞いてほしい?」

『いやだ』


緩やかに流れる風に乗せて、言葉がふわふわと浮いている気がした。
ヒョクチェはパタンと本を閉じて、ドンへのように仰向けに寝転がる。

そして楽しそうに、ドンへの向きへ寝返りを打った。
ドンへは横目でにこにこしたヒョクチェを見ながら、ふぅーと息を吐いた。


「人って見た目じゃないんだね」

『は?』

「イ・ドンへ、ホントは寂しがりなんだね」


今日初めて会ったはずなのに、馴れ馴れしく、痛いとこまで突かれた。
でも何故か言い返せなくて、何故か安心して、心の湖は穏やかなままだ。


『・・・帰んないの?』

「ドンへが帰る時、帰るよ」

『ふーん』


変なやつ。
普通の人は、俺と関わりたがらないし、
俺にたかる奴らは、何かしら目的があるのに、こいつはそんなの感じられない。


『・・・変なやつ・・・』


ヒョクチェを横目に、考えてたことがつい口から出てしまった慌てた。


「ん?なんか言った?」


彼は空に夢中すぎたのか、すぐ隣にいるドンへの声が聞こえなかったらしい。


『別に?』


適当に誤魔化して、ヒョクチェが自分の視界から外れるように、
ヒョクチェがいる側の反対側に寝返った。




続く


メンバーと共同であるリビングで、
昨日まではなかった、淡いピンク色が踊る胡蝶蘭が花瓶にささっているを見てぼんやりと考える。
ぱらぱらと窓にぶつかる雨粒が、まるで今の自分を映すかのように暗い空から降っている。


『ドンへ、この花どうしたの?』

「ん?あ、あぁ、それは・・・」


ドンへは少し照れながら言うのを躊躇っている。
ドンへの目線の先を辿ってみると、ソファで気持ちよさそうに居眠りしているイトゥクに目がいった。


あぁなんだ、そういうこと?


突然自分の中で、ドロドロとしたような理解できない感覚に陥られる。
ドンへの赤く染めた頬を見て、胸の奥がキュッと詰まる。


ドンへはただの親友で。親友なんだから、・・・なんでこんな気持ちになるんだ?
それにドンへが誰とどういう関係かなんて、俺には関係ないだろ?


気持ち的には整理がついたはずなのに、身体はいうことを聞かずに胸の奥を締め付けるだけでしかない。
ただドクドクと脈打つ心臓の音が全身に痛いように響く。

ヒョクチェはドンへの言葉の続きを聞かずに、自分の部屋へと足を運んだ。
冷静さを取り戻す為でもあり、これ以上ドンへの、ヒョンに対する顔を見たくない為でもある。


「?ヒョク?どこ行くの!?」

『部屋だよ』


ドンへは慌ててヒョクチェについていく。
内心少し嬉しかったけど、どうしてもドンへを突き放す言葉しか出てこない。


『ついてくんなよ』

「やだよ!」

『くんなって!』

「なんで!!」


ヒョクチェの腕を掴んで離さないドンへは、眉をハの字にして今にも泣きそうだった。
そんなドンへの顔が見れずに、掴まれた腕を振り放そうと必死に抵抗する。

でも無理。

振り放そうと腕を上げたときに、ドンへと目が合った。


視界が歪んで、ドンへの顔が見れない。
ドンへは既に大粒の涙をぼろぼろと零していて収拾がつかない状態。


「や~。うるさいなぁ。寝れないじゃんかぁ。」


後ろからぼてぼてと歩いてきた人の呑気な声が聞こえて目線を外した。
ヒョクチェをこんな気持ちにさせている原因である本人は、全く気にもしない様子で、冷蔵庫から水を取り出している。


『ヒョンのせいだよ・・・!!』


こんなこというつもりじゃなかった。
ヒョンに当たるなんて、俺は最低な弟だ。


「・・・え?俺、なんかしたっけ・・・」


イトゥクはきょとんとした顔で辺りを見回す。
そのあと何か思い出したように、みんなで食事をするテーブルを指さした。
そこには、胡蝶蘭が数輪さしてある花瓶が。

ドンへはヒョクチェの腕をあっさりと離して、イトゥクのとこへ駆け寄った。


「ドンへ、ヒョクは喜んでくれなかったの?」

「うん・・・」

「なんだよ~ロマンチストじゃないなぁ~。それじゃああいつ女の子にはモテないよ?」

「ヒョク怒ってるし、やっぱ俺のことそういうんじゃなかったんだよ・・・」


小声なんだろうけど、数メートルもないこの距離からだと丸聞えな会話。

なんの話だかわからないが、自分は邪魔者だろうから退散しようと思ってまた部屋の方向へ向いた。


「ヒョクチェ!!」


突然のイトゥクから大声で名前を呼ばれて、反射的に振り返った。
と同時に、イトゥクに背中をドンと押されたドンへが、よろめきながらヒョクチェの前に立つ。
「ドンへファイティン!!^^」とだけ言って、イトゥクはそそくさとヒチョルの部屋のほうへ行ってしまった。


短い沈黙が、ヒョクチェとドンへの間で流れる。


「ヒョク・・・」


先に沈黙を破ったのはドンへで、俯きながらなにか言いたげに口をぱくぱく動かしている。
イトゥクがいない今は、何故か心地良い。
嫌いとかじゃない。ただドンへが、今は自分しか見れないからだ。


この感情、なんていうのかな。


「俺ヒョクのこと好きだから、勘違いしてたなら、言うけど・・・」


返事はせず、ただドンへを見つめながら頷く。
ドンへの「好き」の意味は、親友としてなんだろうなぁと思いながら。


「ヒョンは、協力?してくれたんだ。あの花は、俺から、ヒョクへの、プレゼント?なのかな?」

『・・・え?』


ドンへの拙い言葉に一言一句も聞き漏らさないように耳を傾けた。


こっちが聞きたいことを何故疑問形で返してくるのかとか、
さっきの「好き」の種類とか、

頬を赤く染めた潤んだ瞳のドンへに見つめられてたら
そんなことどうでも良く思えてきた。


ヒョクチェは後先考えずに、ただドンへを抱き締めた。
ドンへもヒョクチェの背中に腕を回して、肩に顎を乗せながら囁く。


「ヒョク・・・愛してるよ・・・」


ええと、なんていうんだっけ、こういうの・・・。

恋、とか?そんな甘酸っぱいもんじゃない?
でもそうだと信じたい。
まるで思春期のガキみたいだけど。

それでも、ドンへが好きだから。


胸をくすぐる想いを乗せて、恥ずかしさを押し込めて呟いた。


「・・・俺も」











▽おまけ



「ヒチョル~!」


ぼすっと音を立てながらヒチョルのベッドにダイブする。
案の定ヒチョルはパソコンに向かっていて、イトゥクの顔も見ずに軽く返事をするだけ。


LT「ドンへあんなにわかりやすいのに、ヒョクチェは鈍感さんだよね~」

LT「俺なんかすぐにバレたのにね~」

LT「そういえばいつだっけ?あの時ヒチョルかっこよかったなぁ『お前は俺だけを見てればいい』だよ!ぷぷっ」

LT「今思えば笑っちゃうけど、あの時はホントにヒチョルだけだと思ったよ」


イトゥクの言葉を聞いているのかどうなのかは定かではない。
パソコンのキーボードをかたかたと打つ音しか返ってこないヒチョルの背中を横目で確認して、やっと本題に入る。


LT「・・・なんかさ~、ドンへがヒョクチェに胡蝶蘭プレゼントしたことになってるよ~」

「・・・はぁ?」

ヒチョルはやっとイトゥクのほうへ振り返り、「どういうことだ」とベッドへ腰かけた。
実のところ、胡蝶蘭を飾ったのは他でもないヒチョルだった。



プレゼントというよりも、以前2人で男だらけの部屋に華でも飾ろうという話が出たとき、
「華なら俺がいる」
と言い出したヒチョルが、
冗談で「じゃあ花でも飾ろう」という流れになっただけだ。


いざ花屋に行ったところで、どの花を飾るかなんて考えてなかったから、店員に
「好きな人へのプレゼント」と言ったところ、ピンク色の胡蝶蘭を渡された。
変装してたし、店員は男だから、まさか自分がSJだなんて思われなかった・・・かな?

「好きな人への」なんて言ったら、マスコミやらなんやらで面倒になるだけ。

でもヒチョルは、尚ジョンスを想いながら、案外花を買うのも嫌なもんじゃないなと思ってた。


そのときちょうどドンへがヒョクチェへの想いに悩んでいて。
なんでも相談に乗る優しいイトゥクは、ヒチョルが買ってきた花を、
「これはドンへがヒョクチェを振り向かせる方法なんだよ^^」
なんて言いながら、勝手に事を進めた結果。




「まぁ2人は、ちゃんと結ばれると思うから安心できるんだけどさぁ」


寝転がるイトゥクの髪の毛にさらりと触れる。

店員に勧められたからもあるけど、
あの花は本当にイトゥクを想いながら買ったんだ。

髪の毛をくるくると指に巻きつけて遊んでいると、イトゥクの背中が揺れた。
こちらへ寝返りを打って、上目遣いでヒチョルを見つめる。
そして静かに言葉を放つ。


「『あなたを愛します』・・・」

「!!」


それは、ピンク色の胡蝶蘭の花言葉。


「お前知ってたのか?」

「ふふっ だってさ!ヒチョルがホントに花買ってくるから!なんの花か調べてみたらさ~!^^」


イトゥクはにこにこというよりも、にやにやと悪戯そうに笑いながら、ヒチョルの膝に手を乗せて身体を起こす。
雨は変わらず降っていて、止む雰囲気はなかった。


「ホントに俺のこと想って買った?」

「あぁ」

「ホントにホント?」


イトゥクは「ヒチョルから離れられない」と言ってるけど、
ホントは俺のほうがイトゥクから離れられない気がする。


「お前だけだ」

「・・・ヒチョル、意外とロマンチックなんだね」


照れたように俯くイトゥクの顎を掴んで唇を引き寄せる。




お前のせいだろ、という言葉は胸の中に仕舞い込んだ。







END







ステージ上で、ドンへの身体に触れるのは平気なんだ。
だってほら、ファンの子たちが喜んでくれるし。
パフォーマンスでしょ?


でも、カメラが回ってないときは違う。



「ヒョク~!」

『うわっ!』


コンサートが終わった後、着替えるよりも先にドンへが抱きついてきた。


そうこれ、これがダメなんだ!!


『重いって・・・』

「今日のヒョクかっこよかったよ!!」


無邪気な笑顔でそういうドンへは、周りのメンバーやスタッフの目も気にせずに、ヒョクチェの頬にちゅうをした。
メンバーもスタッフも『仲良しだね^^』で済ましてるけど。

何度目かわからないドンへのこの行動は、つい最近始まったことじゃない。
今は丸くなってきたほうだが、数年前はヒョクチェが他の人と絡むのをすごい嫌がっていた。


全部ファンを喜ばせるためにやってることだったら。


そう思うと、胸の奥がズキズキと痛む。


「ヒョク?」


首を横に少し傾けながらヒョクチェの顔を不思議そうに覗き込むドンへ。
その声にはっと現実に引き戻される。


『あ、なに?』

「このあと打ち上げだよ!飲もう飲もう!」

『酒飲めないだろ・・・?』


ドンへはヒョクチェの言葉を聞いてない様子で、鼻歌を歌いながらさっさと着替えていく。
他のメンバーに遅れをとらないように、ヒョクチェも慌てて着替える。



普通耐えられない。
でもメンバーだし、ドンへは人が好きだから絡むのは当たり前のようだし。
でもやっぱり、俺ばっかに構ってるわけじゃないのもわかってるし。

だからその、なんていうの?


はしゃぎながらシウォンの方へ駆け寄るドンへの、後ろ姿を見つめながら、まだ痛む胸を感じる。


ドンへ、俺はお前が好きなんだよ。

ドンへの笑顔が、俺だけの特別ならいいのに。


ふぅー、と溜め息をつきながらそんなことを考えた。








先にきた1台のバンに乗り込もうとしたけど、人数が多いせいで年上組とマネに追い出された。
他にもキュヒョンやリョウクがその場に残っていたが、2人は近くのコンビニに寄ってるとかで今はドンへと2人きり。

辺りはもう暗く、スマートフォンの時計は21時を過ぎたところだった。


「暗いね~早く迎えこないかなぁお腹空いたのに~」

『ああ』

コンサート会場の裏側の出入り口には外灯も少なく人気もない。
ファンが追っかけてこないようにと、こちらにはこれないように封鎖してある。

尚更ドキドキする。


「―――それでさ、今日のパフォーマンスさ・・・」


マネは次の迎えがくるまであと10分くらいだろうと言っていたけど、その10分も、ドンへとの当たり障りのない話で終わる予定だった。

ドンへと話すことなんて山ほど出てくるしね。

でも今日は違った。
なんでか今日は違った。



「ヒョク、キスして」

『・・・へ?』










さっきまで今日のコンサートの話をしていたと思ったら、ドンへは突然そう言ってきた。
いや、前に言われたことがあったかもしれない、でもこんな雰囲気じゃなかった気がする。

間抜けな声で返事をしてしまったことと、少ない外灯が照らすドンへがいつも以上に色っぽく見える同時の恥ずかしさが襲ってきた。


「あはっ!ヒョク真っ赤~!!」



無邪気な笑顔ではしゃぐドンへは、ヒョクチェを指さしながらお腹を抱えている。


嘘・・・ついたのか!?あ、いや、期待してたわけじゃなくて・・・!!


どんどん恥ずかしくなって、気温は暑いわけじゃないのに身体がみるみるうちに熱くなる。

何も喋らずただ俯いているヒョクチェを怒ってると勘違いして、ドンへはヒョクチェの顔を覗き込むようにしてきた。
少し潤んだ瞳と上目遣いが、ヒョクチェをさらにドキドキさせる。


そうだね、今日は、最終日だったし。
今日くらい、いいよね。


自分へのご褒美なのか、試したい気持ちなのか、よくわからないけど、しつこく謝ってくるドンへに意地悪してやろうと思った。
それは、一か八かの勝負みたいなもんで。

ヒョクチェが本気で怒ってると思ってしょげてるドンへに声をかけて。


『ドンへ』

「ん?」


ドンへの胸倉掴んでグイッと引っ張り、わざとリップ音を立てながら唇同士を触れされる。
すぐに離して、キュヒョン達がいるであろうコンビニの方向へ足を向けて逃げるように歩く。

ドンへはすぐに追いかけてきてヒョクチェの腕を掴み、キラキラした目で見てきた。


「ヒョク・・・!!」


それは嫌悪ではなく、興奮という言葉が似合う表情。
自分の行動が恥ずかしくてしょうがなく、ドンへの顔がまともに見れない状態でいるのに。


「ね!もう一回して!!てかしていい!?」

『んな!?ドンへ!!』


掴まれた手を振りほどこうとしても簡単にはいかなくて、ドンへの子犬のような目にも敵わない。
顔が見られないように片手で覆い隠そうとするけど、ドンへの空いた片方の手によって阻止される。


「ヒョク・・・、キス、していい?」


ドンへも照れた様子で顔を赤く染めながら聞いてきた。



高鳴る鼓動を抑えつつ、虚勢を張って返事をする。


『・・・好きにすれば?』


今俺、どんな顔してんだろ・・・?
きっと情けないに違いない。あぁもう!!


動悸が激しくなって、だんだん近づいてくるドンへの唇に思わず目をつむった。









あと、数センチ・・・。



「・・・・・ヒョン?」

『うわっ!!!!???』


後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、咄嗟にドンへと距離を置く。

声の正体はリョウクで、その後ろにはキュヒョン。
2人はコンビニの袋を下げながら驚いた顔でこちらを見ていた。


ドンへは生意気に「いいとこだったのにぃ~」と頬を膨らましたけど。


2人が来てなかったら俺は・・・。


「ここ外なんだからいちゃつくのも大概にしてくださいね」

「・・・え?あ、あぁ?」


半パニック状態で、リョウクの言葉を頭で整理する前に返事をした。
呆れたような口調から、さっきの行為がすべて見られてたことがわかる。

ボン!と音を立てるように恥ずかしさが爆発した気分に陥る。


「ねー聞いてよ!さっきさ、ヒョクからキ『あ!!迎え来た!!!』


ドンへの軽はずみな言動を横から邪魔して、バンが来たのを知らせる。
するとドンへはさっき言おうとしたことを瞬間で忘れたかのように、バンに飛びつくように走って行く。


アホだ・・・。


内心呆れながらも、いそいそとバンへ乗り込む。
打ち上げの場所までそう時間はかからないらしいが、既に疲れ切った身体を少しでも休めるには十分だった。


「ちょっと眠い・・・」


右隣りに座るドンへはヒョクチェの右半身に体重をかけて、肩に頭をポスっと乗せる。
ヒョクチェは何も言わずにただ窓の外を眺めていた。
ドキドキと高鳴る鼓動が聞こえないかハラハラしながら。


後ろに座るリョウクとキュヒョンも目を瞑っているのを確認して、ヒョクチェはそっとドンへを見つめる。

こいつ睫毛長いなぁなんて思って顔を見ていたら、さっきの唇の感触を思い出してしまい、左手で唇を覆い隠す。


自分からしといてあれだけど、ホント恥ずかしい・・・。


膝に固定されていた右手が、ふと温かい体温で包まれる。

びっくりして離そうと思っても、強く握られたせいで痛みを覚え動けずにいる。


「お、おい!ドンへ!」

「んー?」


後ろの2人が起きないように、小声でドンへを指摘するも、寝ぼけてるのか寝たふりなのか、曖昧な返事しか返ってこない。
指を絡まれて、いわゆる恋人つなぎをしてきた。

ヒョクチェは抵抗もせず、ただその手を見つめた。


ドンへは目をつむったまま、口角だけ上がって幸せそうな顔をしている。
そんなドンへを見て、はぁーとわざとらしく大きな溜め息をする。


『お前はホントに・・・』


運転するマネは気づいてなさそうだからよかったけど、バレてたらすぐにでも穴に入りたい気分。

手から伝わるドンへの体温と、少し冷えてたヒョクチェの体温が同じになるのがわかる。
ドンへの手をぎゅっと握りしめて、ヒョクチェもドンへに寄りかかった。


多分こいつは俺が好きで、もちろん俺もドンへが好きで。


今はまだ言えないけど、本当にお前だけなんだよ。

気持ちがこの手から伝わってくれればいいのに、なんて。



思わず頬が緩んだけど、別にそんなことどうでもよかった。

自分の心臓の音をトクトクと感じながら、打ち上げ会場までの短い時間がただ甘く流れていた。




END









「――ん」




なんだか息苦しくて、まだ窓から日の光が入ってくる前に目が覚めた。


!?


息苦しい原因・・・。



「イェソン、ヒョン・・・」



いつの間に?寝込みでも襲おうとしたの?・・・まさかね

ヒョンは時々こうやって、僕が眠りについたあとに、こっそりベッドに入ってくる。


今日は、近い。

顔が。

向かい合って、ヒョンの足と手が僕に絡み合ってる状態。


あー、ホントに・・・。


でもこうやって近くで顔を見るのは久しぶりかも。

本当に綺麗だよね。

長い睫毛とか、艶のある唇とか、ふにふになほっぺとか、歌声とか。


ヒョンは僕が好き。

メンバーとしてなのか、弟としてなのか、はたまた恋かはわからないけど。

「好き」と言われたことはない。けどこうやって、プライベートでも僕ばっかりに絡んでくる。

自惚れてるだけかな?


でも僕は、ヒョンが好き。

なんでかな?よくわかんない


こうやって顔が近くてさ、僕が今からヒョンにキスしようったってさ。

もし起きてたら、ヒョンは、どんな顔するかな。


僕のこと、本当に好きになってくれたらいいのに。


そう思いながら、おでこ、鼻、まぶた、そして唇にキスを落とす。

それでも尚、スヤスヤと眠り続けるヒョン。

起きてくれないのが気に食わず、もう一度、ヒョンの唇にキスをする。


長く、浅いキスを。


何時かはわからないけど、まだ外は暗かった。

二度寝しよう、と目をつむる。



「愛してるよ ヒョン おやすみなさい」



僕はすぐに夢の世界へ戻った。



END