造花でしか生け花を練習しなかったとしたら、生きた花に出会ったときにどう扱っていいのか分からずに、切り刻んでしまったりして枯らしてしまうかも知れません。

パソコンゲームの中で子育てをして自信を持った人が、実際の子育てに接したとき、思い通りにならないとリセットしようとしたら…

考えるだけでも恐ろしくなります。

ちょっと言い過ぎかも知れません。

でもそれくらい過激に言いたいほど、バーチャルリアリティーとホンモノは違うと感じるのです。

電子ピアノとピアノの違いも、バーチャルリアリティーかホンモノかの違いです。

実際に電子ピアノでずっと練習している人がホンモノのピアノを弾くと、その音はひどく乱暴に聞こえます。

造花ばかり扱っている人が生きた花に接したときのことを、マジックばかり使っている人が筆を使うことになったときのことを想像していただければ、このことは理解できるでしょう。

ピアノなら心を込めて弾くとそのとおりに音色も変わります。

楽しいことがあったときには楽しそうな音が、悲しいことがあったときには悲しそうな音が聞こえてきます。

しかしパソコンのキーをどんなに気持ちを込めて叩いても、出てくる文字は変わりません。

たとえばキーボードのAを叩くときに、気持ちの込め方によって強く太いAになったり、弱々しいAになったり、悲しそうなAになったり、あるいは怒っているときには怒っているAになったり…

そんなことはありませんよね。

電子ピアノで練習している人も、こころの叫びに応えてくれないパソコンのキーボードを叩くような感覚で、いつしか鍵盤をオン、オフのスイッチのように叩くようになってしまうのです。

筆とマジックペンのたとえです。

「ピアノを習って電子ピアノで練習するのは、習字をマジックペンで練習するようなもの」

先生と違う道具を使って練習すれば、うまくいかないのが当然。

たとえば習字は筆でするのが当たり前。

ところが家での練習をマジックでしなさいと言われたらどうだろう。

電子ピアノを使ってピアノを習うというのは、このたとえの筆の代用にマジックを使うのと同じくらいの差がある。

マジックは大変便利で、誰にでも簡単に気軽に使える。

つまりマジックの優れたところは簡便性。

ところが筆はそうはいかない。

使いこなすのには熟練を要するから、とても気軽に使うわけにはいかない。

同じように電子ピアノは誰にでも簡単に、しかもきれいな音が出せる。

ところがピアノではなかなかきれいな音が出せない。

弾き方によって音色もさまざまに変わるから、とても簡単にというわけにはいかない。

つまりピアノを弾くことの最大の目的は「いい音を出すこと」であり、そのための日々の努力が練習であるといえる。

習字の醍醐味が「いい線を描くこと」にあるのとまさに同じであろう。

もうお分かりと思うが、電子ピアノやマジックでは、この最も大切なところが抜け落ちているのである。

これでは先生の言うことが理解できずに、やめてしまうのは当然。

私達は筆で書いた文字から、書いた人のさまざまな情報を読み取ることができる。

それは筆がさまざまな太さの線も無限に書けるし、濃淡も出すことができるからである。

一方、マジックでは誰が書いても線の太さは同じ、濃淡も同じだから、筆のように多くの情報を盛り込むことはできない。

同じようにピアノで弾いた音や音楽にも、弾く人の千差万別の情報が読み取れる。

それはピアノが弾き方によって強弱も音色も無限に変化するからである。

弾き方によっては悲しい音も、楽しい音も、汚い音も出る。

そのことは発表会で弾く子供たちの音が一人一人違うことからも分かるであろう。

一方、電子ピアノではどんな感情をぶつけて弾いても強弱こそつくが、音色はほとんど変わらない。

変わらないというより、誰が弾いてもいい音が出てしまう。

ピアノを弾く楽しさは、自分の感情や想いを自由に表現できること。

その一番大切なことを電子ピアノでは表現できないのである。

どれだけ科学が進歩し電子技術が発達しても、電子楽器では本物の音はつくれない。

電子的に合成されたりしてできた音は、本物に似てはいても、どこまでいってもニセモノである。

電子技術は今後、ますます発達して、世の中は望むと望まざるとにかかわらず、電子音だらけになるかも知れない。

それはそれで素晴らしいことかも知れない。

しかしその反面で何か言い知れぬ不安を感じる。

人間の疎外かも知れない。

そのことをお父さん、お母さん達は直感している。

だからこそ我が子に、情操教育の一環としてピアノを習わせたいと考えているのではないだろうか。

生の楽器から出てくる音には、演奏する人の喜怒哀楽をはじめ、さまざまな想いや感情が現れる。

ある著名なピアニストは「その人の魂が音になって出てくる」とさえ言っている。

どこの親も、わが子に楽器を習わせるときに「楽しめるようになってくれればいい…」と言う。

そこには単にテクニック的に楽しんでくれればいいということではなく、今述べたような自分の感情や想いを、楽器演奏を通じて音楽に託してほしいと望んでいるからではないだろうか。

そうであればなおさら、感情表現の方法が違う電子ピアノでピアノのレッスンをさせることは避けるべきである。

もしもそうではなく、軽い乗りで子どもに音楽をと言うのなら、ピアノのレッスンは勧めない。

他の電子楽器などのレッスンに切り替えるべきである。

電子楽器には電子楽器の楽しみ方があるからだ。

やむを得ず、電子ピアノでピアノのレッスンを受けさせるのであれば、是非、今まで述べたことを理解していただき、お子さまのレッスンを温かく見守ってあげてくれるよう願う。