十九世紀にはヨーロッパの音楽の中心地であったオーストリアのウィーンに、驚くほどの数のピアノメーカーがあった。
ウィーンは当時グランドピアノの故郷とも呼ばれていたのである。
当時のウィーンのピアノメーカーは、今となってはほとんど消え失せているが、ベーゼンドルファーだけは、群を抜いて傑出したピアノとして現在なお作り続けられ、伝統的な“ウィンナトーン”と呼ばれる美しい音色を伝えている。
ベーゼンドルファーの創始者であるイグナッツ・ベーゼンドルファーはキャビネットメーカーであったヤコブ・ベーゼンドルファーの子供で、1794年にウィーンで生まれ、十九歳の時にジョセフ・ブロードマンの徒弟となった。
ジョセフ・ブロードマンは、十九世紀の初期のパイプオルガンおよびピアノのメーカーで、極めて優れた技能を持ち、特にグランドピアノの製作に特殊な耐久性のあるサウンドボードを開発している。
イグナッツ・ベーゼンドルファーは、十九歳の時からこのジョセフ・ブロードマンのもとでピアノ製作の腕を磨いた。
「優れたマスターは天才的な弟子を見つけ出す」
という言葉があったというが、ブロードマンは素晴らしい弟子を育て上げたのである。