無事に。7ヶ月健診の日のこと。 | ひまわり*日記

ひまわり*日記

2013.9 娘の天使ママになりました。
子宮頸管無力症です*
2015年 息子を無事出産しました
只今第3子妊娠中。2016,12シロッカーしました


関西に帰ってきました。
昨夜寝る前に息子が
「ママ、おうちかえりたい」と言った一言で、胸が苦しくなりました。

これから4ヶ月…ごめんな、頑張ろうな。


***

東京駅まではタクシーで。
新幹線は指定を三席とって。
なるべく万全に慎重に。
家を出てから実家に着くまで約五時間。
お腹の張りは四回。軽いもの。


お腹の張り関係なしにやっぱり開いてくる体質みたいやから、ちょっとの振動とかにやっぱり「これ以上ひらかんといてよー(;_;)」と反応してしまうわ無気力ピスケ


***

7ヶ月健診の日のこと。(27w6d)

いつもの先生が休診になり曜日を変えての健診無気力ピスケ

お腹のエコーで赤ちゃんの大きさは1100㌘とびだすピスケ1標準の大きさ。


注射打って、じゃあまた来週ねーて言われたので
「頚管計らないですか。」私が聞くと
「お腹の張り具合とか、エコーで赤ちゃん下がってる感じしないからしないけど、みてほしかったらするよ」と言われお願いしましたとびだすピスケ1



「頚管みじかいね。関西に帰るならこの土日までに移動して。もちろんこっちに残るならうちは最後までちゃんと診るよ。でも、里帰りしたいなら、今しかさせてあげられない」

そう言われた。

すぐに関西の病院に問い合わせしたら

「途中で破水したら赤ちゃんがしんどいんだよ。移動しないで。どうしても来るなら自己責任。」
主治医の判断。




息子にとりあえずおにぎりを食べさせながら、座って…ちょっと泣きました無気力ピスケ


夫とようやく電話が繋がったのは帰り道のタクシー。

今の夫の仕事状況も悲惨でよくわかってるけど、「赤ちゃんの命のため」と泣きながら早退と金曜日のお休みをお願いした。
そして夫も関西に帰ろうの決意だったのでした。



***

実はあのとき頚管は17mmでした。
関東にいても入院かなの状況。


28w。先があるとしたら長すぎる。
でも破水のリスク、赤ちゃんにとってはまだしんどい週数でもある。
関西に帰る移動もしない方がいい主治医の言葉も十分すぎるくらい理解した


頼れる人が近くにいないことへの不安感というのは、
実際緊急の事態になったときに、
想像以上に恐くて心細くて不安でした。


実際いま帰った来たことで頚管の状況がどうなのか見えないから恐いけど、
落ち着ける状況で朝を迎えた。
お腹の張るかんじもいつもと同じ。
今日、夫が関東に帰っていく。
息子はきっと泣く。



私は
私が赤ちゃんを守っていく。
息子の笑顔を失わないようにそばにいたい。
ただただ安静に努める。


まずは里帰り予定やった31w目標に。
いや、まずは健診でちょっとでも頚管が現状維持してるように大泣きうさぎそこからまた一歩ずつ。