今日、おばあちゃんが死んだ
朝 母上から電話がかかってきたんだ
そっかぁ、って思った
おばあちゃんは息子達の度重なるお誘いをものともせず
9☆才になってもたった一人で四国の
よく言えば古民家、つまり寒風吹きっさらす家に住んでいた
もっとも数年前に骨折をしてからはその古民家にも近くて病院も併設されている
“やすらぎの家”とやらに住んでいたけど
おばあちゃんには孝行すぎる息子が3人いる
一人は神奈川(ノラパパ)、一人は東京、もう一人は大阪にすんでいる
3人は入れ替わり立ち替わり四国を訪れて、けっしておばあちゃんを一人にする事はなかった
ノラパパは月に一回1週間程度、退職してからは月に二回、せっせと四国に通ってた。しかも夜行バスで。
並大抵なコトではない、まったく頭が下がる思いがする
最後におばあちゃんとあったのはもう20年くらい前のこと、しかもチョロッとだけ。
“だって、だって、ずっと日本にいなかったんだもんっっ”って。。。
言い訳にもならない。
だから、自分の中のおばあちゃんは今でも30年前のまんま
よく会ってた頃のおばあちゃんだ。
最近のおばあちゃんの写真を見せてもらって愕然としたコトもあった
枯れ枝のハニワみたいだった
そんな風にあんまり密接でもなく、特別な存在でもなかったおばあちゃんだったけど
一つだけとても鮮やかで、あったかい記憶がある
自分は小さい頃、身体が悪くてよく寝たきりになってた
その時も長いこと寝たきりになってた、たぶん3歳とか4歳とかそれくらい
窓から見えるのは、よく遊んでたはずの公園。
でも建物の蔭になって窓から見えないトコにいったい何があったのか
思い出せなくって、ずっと“あそこには何があったっけなぁ~”って考えてた
それっくらい長い期間。
つまんなくってさ。窓から見える景色はいっつも一緒でさ。
子供のクセに“新緑がまぶしいなぁ”とか
“今日の風はいいなぁ”とか
“葉っぱが散っちゃったなぁ”とか
“カサカサ葉っぱの音が心地いいなぁ”とか
そんなコトばっか考えてたような記憶がある。っていうかそんな記憶しかない。
そんな時間が止まったような記憶の中で、一つだけある動画の記憶。
おばあちゃんが広告の裏に色鉛筆でいろんな野菜の絵を描いて
それを切り抜いたものを枕元に並べて八百屋さんになってくれるんだ
それで自分はこれまた手書きのお金を持って買い物をするの
“そのニンジンください”とか言っちゃってさ
そう、それだけ。
でも、紙に描かれた野菜の色合いとか形とかものすごく鮮明に覚えている
たぶん、おばあちゃんは死ぬほど繰り返し八百屋さんをやらされたに違いない
そうです、子供ってしつこいんです。
とっても楽しかった。おばあちゃんは何度も何度も付き合ってくれた
少し前屈みに座ってニコニコしてた、すごく。
・・・・なんだか、こうやって文章に書いてるととってもチンケなコトに思えてきた
でも、思い出すと身体の奥の方がじんわりあったかくなるんだけど。
ほんのちょっぴりしか思い出のないおばあちゃん
死んだって聞いた時もぼんやりと“そっかぁ”としか思わなかったおばあちゃん
それでも、なんだか不思議な気持ちがする
それが悲しい気持ちなのか
記憶の中で笑ってた人がたった一本の煙になってしまうコトへの戸惑いの気持ちなのか
今まで生きていた人がこの世からいなくなってしまうってコトへの抵抗の気持ちなのか
なんだかよく判らないけど
帰りの電車の中で突然ちょっぴりメソメソしそうになった
でも、よくよく考えたらそれも少し違う気がした
泣いて済ますなんて、安易な形だけのような気がした、自分の場合は。
誰かのために泣くってコトは、その人を深く深く愛していた人だけに許される行為のような気がしたんだ
それ以外は単なる自己満足に過ぎない。なんて。
だから、文章にするコトにした
今日感じた気持ちを忘れないために
今日という日を忘れないために
少しだけ命だとか、生きるってコトなんかをぼんやり考えながらご帰宅したら
ドラ娘たちの部屋の真ん中にヤモリが転がってた
彼はさんざんいたぶられたあげく絶命していた、
どんなに苦しかっただろ、どんなにか怖かっただろって思ったら
やっぱり少し涙が出て、彼のためにご冥福をお祈りした