本日は、敗戦の日。。。。
69年前の今日、私の父親(1990年死去)は、学徒動員で軍務に服し、鹿児島県の海岸地帯で、米軍上陸に備え、防衛線を敷いていた![]()
精鋭部隊は、そのほとんどが南方戦線で全滅しており、本土防衛用には、老人や少年たちがかき集められ、劣悪な武器があてがわれたようだ![]()
父が持った小銃は、引き金を引けば暴発して自分が死んでしまうような代物で、したがって、米軍が上陸してきたら、投石で抵抗するか、竹槍をかざして、突撃するしかなかったそうだ。。。。![]()
幸運にも爆薬が手に入れば、それを抱いて、敵戦車のキャタピラの下に自分の身体ごと投げ出して自爆する![]()
もはや、日本には、そんな戦法しか残されておらず、米軍が上陸すれば、米軍にはたいした損害もなく、易々と日本全土を攻略できた可能性が高い。
しかし、そんなことは露ほども知らなかったとでも言うのか、米軍は、11月1日に予定された九州上陸作戦に先立って、B25爆撃機を使って、九州南部地域一体に、毒ガスを撒いて、軍民を問わず、日本人を根こそぎ虐殺する予定だったことが、近年の情報公開や様々な研究で、世界的にも明らかにされている![]()
使用予定だったのは、「イペリット」![]()
ドイツが第1次大戦中に西部戦線で使用した毒ガスだ。
もし、8月15日に戦争が終わっていなかったら、私の父親はもとより、当時、熊本県南部にいた父の親族全員、そして、福岡県にいた母やその親族も、毒ガスで全滅していたかもしれない。
少なくとも、父方は、間違いなく全滅だったろう![]()
日本全土への無差別爆撃で、無数の民間人を焼夷弾攻撃で焼き殺し、原爆を落とし、さらには、毒ガスで根こそぎ虐殺しようとしていた現実![]()
さらに言えば、そもそもの「開戦」だって、日本の「パールハーバー奇襲攻撃」で始まったということで、日本は非難され続けたけれども、何のことはない、これまた近年の各種情報公開、研究などで、米軍が、日本への先制空襲を企てていたことが明らかになっている![]()
B17爆撃機多数を、輸送船に乗せて、米本土から中国まで運び、中国国内の米軍基地から、日本本土に大空襲をかける準備を着々と進めていた。
ところが、ドイツ軍との戦闘で苦境に立っていた英国を支援することに追われ、物資・船舶の調達に手間取ってモタモタしているうちに、日本の「パールハーバー奇襲攻撃」に先を越されてしまっただけ・・・というのが、真相らしい。
戦後69年が経過して、各種の資料も世界的に公開が進み出し、研究も進み、ようやく、「歴史」として、客観的に第2次大戦を捉え直すことができるようになってきた![]()
遠からず、我々が学校教育やマスコミの報道で叩き込まれてきた第2次大戦像とは、相当に異なる内容が、客観的で裏付けのある「歴史的事実」として、認定されるようになってゆくのかもしれない![]()
そのとき、果たして、日本社会やマスコミは、どう対応してゆくのだろうか![]()