先日、アメリカの名門オーケストラ、フィラデルフィア管弦楽団倒産のニュースをブログ記事にしましたが、本日は、同管弦楽団の往年の名演奏をCDで聴いています。
1970年代末にジェームズ・レヴァインが指揮したマーラーの交響曲第9番と、同第10番(クック補筆完成版)です(RCA)。
共に、音楽監督として同オーケストラの第2次黄金時代を築いたユージン・オーマンディの治世末期に録音されたものです。
両曲ともに、「フィラデルフィア・サウンド」として世界の賞賛を浴びていた華麗な音色が息づく演奏です。
単に明るい音色による美演というに留まらず、当時のフィラデルフィア管弦楽団ならでは、強靭極まりない合奏力(とりわけ弦楽セクション)が、大きな力を発揮しています。
まず、交響曲第9番については、名演奏として著名なワルター=ウィーン・フィル(1938年)の情緒に濡れたアプローチと異なり、ドライでソリッドな響きながら、こちらの方が、楽曲の現代性が際立ち、私には、よりフィットして感じられます。
そして何より、曲想を徹底的に抉り抜いており、この演奏を通じて、初めてその本来の魅力を明らかにする部分が少なくないように思います。
全曲を通じて溢れる覇気と推進力には瞠目させられます。
こうした演奏を可能にしているのは、やはり、当時のフィラデルフィア管弦楽団の独自性あふれるサウンドと、強靭な合奏力だということが再確認されます。
続く交響曲第10番は、第9番同様に、オーケストラの強い個性と演奏能力によって、指揮者レヴァインの楽曲解釈が実現され尽くしているのを感じます。
寒々しい乾き切った表情の中に、時折慰撫するように現われる瑞々しい歌!
屹立する音楽!!
サイモン・ラトルの演奏も美麗な演奏として評価が高いですが、私は、このレヴァインの明るくからっとした音色ながら、ふとした瞬間に漂う漂う乾いた寂寥感に心惹かれます。
歴史的な音楽遺産として残るような、これほどの名演奏を成し遂げたフィラデルフィア管弦楽団が、その約30年後に倒産してしまうとは、一体誰が予測できたでしょう!
思えば、オーマンディによる第2次黄金時代以降、音楽監督は、ムーティ、サヴァリッシュ、エッシェンバッハ、デュトワ・・・と変遷してゆきましたが、私などには、方向軸を見失って迷走しているように見えました。
熱狂的なファンの方々からご覧になれば、「とんでもない! 何十年経とうが栄光のフィラデルフィア・サウンドは健在だ!」ということになるのかもしれませんが、上記の音楽監督の変遷からも明らかなように、このオーケストラのどんなファクターを残し、どんなファクターを変革してゆこうとしているのか、その方向性は、やはり見えにくかったと言わざるを得ないでしょう。
オーケストラといえども、そして彼らが録音するCDといえども、資本主義社会における企業であり、商品な訳ですから、ブランドとしてのアイデンティティが見えにくくなってしまえば、当然、顧客を維持し続けることは難しくなる訳です。
アメリカの他の有力オーケストラだって、例外ではあり得ないでしょう。
ただでさえクラシック音楽離れや、音楽産業の衰退が世界的に進行している中で、今後、オーケストラの舵取りは、よりいっそう難しくなってゆくことでしょう。
どのオーケストラも、なんとか、ふんばって、往年の輝きを取り戻してほしいものです。