⚠️注意⚠️

今までもこれからも、

主治医と私が父に説明した内容をもとに

ブログに書いてます


父が理解しやすいように分かりやすく

話していますので

このブログには

検査内容(細胞診など)の結果などは

おおまかにしか出てきません


薬の効果や副作用は説明しますが

混乱を避けるために

抗がん剤や注射、内服薬の名前は

伝えていません


内服薬(ホルモン剤、ステロイド、胃薬、カルシウム剤、排尿を促す薬など)は

父の自己管理で

薬の袋のいつ・何錠を見て内服しており

「〇〇のための薬」という感じでは

理解してます



↓↓↓

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2回目からは外来で抗がん剤の点滴です

先ず採血して主治医がチェックして

OKなら抗がん剤の流れ


採血結果が出るのを待つため

主治医に会うまで時間がかかります

1回目の体験でかなりダメージ受けたので

父はとても暗い顔で

ため息つきまくっておりました

その気持ちはとてもわかります


呼ばれて、

今回の対策について話がありました


80歳には全く見えないくらい元気で

がん以外はかなり健康なため

主治医も100%でいけるか?と

見誤ってしまったとのことのお詫び

今回から20%カットし80%の抗がん剤を

していきます

その代わり6回しっかりやりましょう


白血球下がらないようにするために

抗がん剤投与から24時間以降(翌日)に

白血球上げる注射を打ちに来る事

副作用できるだけ予防するため

抗がん剤治療の間はステロイド内服


骨転移に対する骨粗鬆症の注射を

1ヶ月に1回注射します

副作用で

顎の骨に悪影響があるので口腔外科に

継続的に通院(同じ院内)継続

→精巣摘出術の時も抗がん剤開始の時も

口腔外科にはお世話になってます


骨粗鬆症の注射により

血液内のカルシウムが不足するので

経口カルシウム剤を内服開始


ステロイドを使うので緑内障など無いか

眼科を受診(院内)しましょう


と、

データみたり他科の受診予定立てたり

主治医と私で相談して決めて

最終的に

父への説明はこんな感じでした


前回の抗がん剤継続への説得で、

親にいくらんでもその話し方はちょっとぉ

と思った方もいらっしゃるかもしれませんが


昔からおしゃべりな家族です

言いたいことはズバズバ言います

誰がではなく、全員(^^;


父が入院してから

私と母、仕事休みの時は姉も含め3人中2人が病室(個室)に行きますが滞在2時間ほど父も含めて延々とと喋っているような人間の集まりです

他愛もない事、テレビのニュース見ながらでもいくらでも喋ってます

そのテンションで転移した場合の話をしているので、苦しみながら死ぬより希望を持って治療しようって気になったそうです



ただ、緊急入院になってから

父はうとうとしていて静かに見守るだけに

していたのでほぼ私だけ

洗濯物入れ替えに行ってました

しばらくして、父も起きているようになり

シャーベット食べたよって

実家の家族LINEに父が食べてる写メ送ったら

母と姉から、わーいよかったー!

とかスタンプ送られてきたり

少しお粥を口にできるようになってからは

父が病院食を写メして今日のお粥のお供は

〇〇にしたよ、とLINEしてきたり


母はとても心配しオロオロしたのと

退院するまでにと

そこらじゅう掃除していて

お疲れでした

あまり物を置いてなくて

うちより全然キレイなんですが


退院したら同居している母と姉に

お任せで私は楽々、

毎日の体調確認をLINEでしてます

父が言わなくても姉から個人LINEで

知らせがきたりもします



☆脱毛は抗がん剤開始から2週間経った頃

始まりました


父は歳の割には髪がしっかりあり

抗がん剤前に行きつけの床屋で

事情を話し、かなり短くしました


緊急入院してから回復してきて

髪をとかす余裕が出てきたら

抜け毛がかなり多くなってきました



父が退院してお風呂に入ったら

頭を洗ったら手にどっさり

母は排水口掃除が大変だったと


頭は円形脱毛症が沢山あるみたいに

なりました


脱毛の掃除対策でケアネットを買って

渡したらしっかりかぶってました

が、坊主の方が本人も掃除する母も

楽だよね、となり

父自身も髪の毛に対する執着はなく

私がバリカンでかりました


「もうネットかぶらなくていいんだな!」

と、喜ぶび坊主の写真を撮って

うちの息子たちに送ったりしてました


外出時は布のキャップ(野球帽の形)

風強い時など用には

ケアキャップを用意しました




次回は2回目の抗がん剤について

抗がん剤はまだ1回目

副作用で打ちのめされた父ですが、

今回の体調不良は骨転移が多く

骨髄抑制が強く出てしまった事による

白血球低下によるもの

(主治医と話しました)


抗がん剤副作用の倦怠感より

父が体験した

身体が動かせない(歩いてたけど)

極度の倦怠感は白血球52が引き起こしたもの


そこのところは

次回からキチンと対策がなされるので

キチンと理解せず

私が居ないところで主治医に

「もう治療はやめます」って言わないように

説得します



以下、病室で両親に私が話した内容


前立腺がんの中でも

悪い細胞が多く含まれていたから

それらがこれ以上転移しないように

抗がん剤をしているんだよ

何にもしないで他の臓器に転移したら

もう死ぬしかないのだよ


父から質問「転移するとしたらどこ?」


肺や肝臓かな、

肺ならせっかくたばこやめて

痰も絡まなくなったのに

昼夜かまわず咳出まくり体力もって行かれて

食事もままならず眠る事もできず

息することすら辛く咳止まらないまま

苦しんで死んでいくのだ

肝臓なら真っ黄色になって

全身痒くなってダルくなり

吐き気もでて食欲もなくなり

お腹に腹水たまって内臓圧迫されて

苦しみながら死んでいくのだ

今頑張ってあと何年かでも

夫婦仲良く生きて行くか

すぐに転移して苦しみながら

死んでいくかどっちがいいの?


父「たけるが増えたら今のは楽になるの?」


私「楽になるし、次回からは

ここまでたける(白血球)は減らない」


父「じゃあ、やってみようかな」

それ聞いて、母も納得


後々聞いたら

私と抗がん剤続行について

話した事は覚えているけれど、

緊急入院になってからの

数日の注射した事などは記憶無いようです

ただ点滴しながら横になっているだけ

起きるのはトイレのみ

食事もでるけど口つけず

味覚障害もあったので

本人の希望でレモンシャーベットを

毎日届け、口にいれるのはそれだけでした


それからじっくり白血球あがる治療

(これが記憶無い注射)して

抗がん剤はじめた時よりも長く入院し

全く食べられなかった食事も

お粥にしてもらい

父希望するお粥のお供を色々届けました



「たけるが増えたー!」と退院時は喜んで次も頑張るぞって感じでしたが、2回目は退院直後になってしまうので1週間あとにズラして行う事になりました