みんなのためだからみんなこうしてね、というセリフには要注意だ。
たいてい自分たちに都合の良い話をみんなのためと言い換えている
同調圧力をかけるな、というと、和を乱す非協力的な奴だと睨みつけてくる。嫌がらせもする。輩は甚だ図々しく不遜である。
※写真は関係ありません。また世の中には同調圧力の世界に対して、進んで同調し、溶け込み、少しでもマウントが取れることこそ勝ちと思い込む人もいる。
世の中は実に色々なひとで出来ている。
奥さん自慢のひとがいた。コミュ力があるんですよ、とうれしそうに自慢する。子どもの世界とか、地域の集団とか、狭いまわりのコミュニティにおけるコミュニケーション力のようだ。多分その集団は同調圧力も強。その力はさぞ便利であろう、がそこだけに受けてそこだけに食い込む力は、繰り返すが便利なだけで、わざわざ褒めるほどではない。
精神科で40年入院させられた精神障害者とのコミュニケーション技術があるとか、虐待をうけて愛着形成が果たされていない子どもとの対話力かあるとか、動物と会話ができるとかいうなら、そりゃあスゲーになるが。
コミュ力は多分聞く力で、違う文化や異なる価値観の人を受け入れる度量が基盤にある。
歴史を見れば、毛色の違う人間を叩き出す同調圧力の屋形船は、行き着く先は転覆沈没だ。
※写真は関係ありません。
同窓生には懲りた。同窓会となるとアラフィフの頭が18歳に戻るのか、サラリーマンなら一発クビの個人情報紛失も、個人情報の勝手な利用も、仲間だから、という内輪のノリで平気でやる。集まりましょう繋がりましょう、みんなのため、といいながら、幹事や管理人にとって都合の悪い、同調圧力の利かない人間は排除する。
みんなのために苦労してます、などと嘆息するな。インスタ映えするような王国で、自分がキラキラと目立ちたいだけだ。
