母とのお別れ | たいせつな思い出
ブログに書くの忘れていました。

夫は、完全看護が必要なので医療系施設に預かってもらい、私は、子供達連れて実家に帰りました。

母は、ベッドの上で安らかに眠っていました。
身体を痛めないように身体を冷やされおり触ると冷たい。
母は自宅で息をひきとり救急搬送され、病院で死亡確認されました。ただ、父が、病院に対して不審を抱いていたため警察がきて母は、警察のほうへ。
司法解剖の予定でしたが、母は、ずっと苦しみ、もうこれ以上は身体を傷つけたくない一心で警察の方を説得し、色々聞かれましたが、納得してくださり母は自宅へ。
こおいうケースは、嫌なパターンで帰ってくるんです。ビニール製のものに包まれ、ビニールの中は、全身裸。
そして、病院のほうでも、亡くなっても、母は人です。でも後処理が、人としての扱いではなくとても雑で、とても腹立たしいです。
母を見ると悲しくて涙が出るんですが、母の亡骸を見なければ、何故か、家の中は生きているような雰囲気でした。

そして、母が私に生前に言っていたことを守りました。
家族葬で、お母さんのご先祖様の位牌を棺に入れること。

何度見ても母の表情は、解放感いっぱいで幸せそうな表情でした。

そして、火葬場に着いた時、父と姉は、何年も長く会っておらず、やっと2人が再会したこと。
父、姉の家族、私、私の子供達で、母の最期を見送りました。
ぼーっとならしながら燃える音、辛くてたまりませんでした。
葬儀屋さんにお願いして分骨をお願いしました。
姉の家にも私の家にもお母さんがいます。
そして、お母さんが笑っている写真を置き、お互いそれぞれが、お花、好きな食べ物、などをお供えしてます。あっ、私は、お花とお線香だけです💦
お母さんが好きなお花を飾ってます。

お母さんはいつもそばにいてくれる。
お母さんの存在が私にとって励みになっています。

父は長い間、母の介護をしていました。
大変さから開放された今、寂しさ悲しみでいっぱいで娘として見ていてほっとけない状態です。
常に連絡を取ってます。
東京に来たら、念願の東京観光案内してあげるんだ。
お母さん、もっと長く生きていて欲しかった。
でも、いないって感じしないんだ。
お母さん、生前、私が帰るたびに私が住むところへ一緒に行きたいと言っていた。
今は、一緒だよ。
ずっと一緒だね、お母さん。