片耳難聴のotoです![]()
実は・・
について書きたいと思います
今は当たり前に行き来している
どこにでもいる
多分 普通の親子の母と私
(普通の概念がイマイチわかりませんが
)
ところが 少し前までの
13年間は実家に出入り禁止!?
というか・・
通じ合えなかった
というか・・
普通の親子をしようと思えば思うほど
起きる現象は意味不明で
本当の事とは違う情報で
怒る母
なぜ 母が怒っているのか
全く見当がつかない私
どんな情報が
どこからどういう風に伝わるのか
その理由もまた わけわからず
ある時の母の言葉から
どうやら情報の元は姉らしくて
そこに弟も絡んいる!?
こういう時
解決するためには話し合う
誰がどうした、何を言ったか
とか
誰がなぜ、どのように悪い
とか
それは本当なのか
とか
でも
そういうのは必要ないんだなぁ
というのを知ったので
魔の13年間が終わったのだと思います
あの頃の私には
いろんな宗教のお誘いが来ました
それほど
もうダメだオーラが漂っていたのかなぁ![]()
でも 結果
どのお誘いもお受しないままにきた中で
私が ただ してきたことは
自分の気持ちに向き合うこと
本当の本当の気持ちを
自覚することを繰り返しました
これが結構きつかったですね
はじめの頃は 自分の中の
人には知られたくないような醜い考え方とか
思いとか・・
そんなものには見ない
気づかないフリをしようとしたりして
でも、ひとつひとつ認めて
深ーく反省
反省したらいい人だと思われるよな・・私
そんな軽い、薄っぺらい反省ではなくて
本当の本当に心の底から
悪かったなぁ〜ってヤツです
※認める・・自覚するっていう方がピッタリくるような気がします
そんな事を繰り返しているうちに
なんだか 自分の中のダメを見つけるのが快感になってきまして〜
変態かぁ![]()
って話ですけど
本当、そんな感じ
快感になってきた頃
ふと 気付くと いろんな事が変わり始めて
今に至ります
そう
私には魔の13年間があったのでした
魔の13年間の中に
父の死がありました
私に連絡が来た時は
既に寝たきり
何も食べられない
何も話せない父になっていまして
ところが
初めて私と息子2人とお見舞いに行った時
話せないはずの父が
私たちが帰ろうとした時に
ありがとう
って言ったんです
あの言葉が最初で最後だったんですよねぇ
話せない父の病院には
連絡が来てからは
ほぼ毎日通い
手をつないで話をすると
時々 返事をするかのように
ほんの少し手に力が入るんです
本当は話したい事が
いっぱいありました
会話したかった
そんな後悔があるので
今は母との会話をとても大事にしています
魔の13年間が終わって
やさしい気持ちで話し合える
母との時間がある事が
嬉しくてたまらない私です
ほんと
間に合って良かったなぁ
そんな風に思います
魔の13年間から学んだことは
誰が何を言ったせいとか
あの時 誰がどうしたからとか
そんな考え方はいらないってこと![]()
あ
ばばちゃんの事を書くのを忘れてた💦
ばばちゃんへの感謝の気持ちを
忘れないために
日を改めて書き記しておこうと思います
外壁工事に入る前の
ある日の空
